アデライトの花1巻(TONO)

アデライトの花 1 (Nemuki+コミックス)

アデライトの花 1 (Nemuki+コミックス)

 うーん模写しちゃいたい。やっぱりさあとナレーションのフォントがいいんだよね。でもやっぱ絵を写してたいな。やりとりはいろいろあるけど、「玄関の鉢運んどけって言ったでしょう!!」「今からやるって ねえ それよりさあ」のとこのチーズの返し方とか、「それよりさあ」って口調ね……こういうとこに、単純にチーズを迫害されてるひとと同情する読み手からの視線をはねつける、チーズの他人を意に介さない頑固さもあると思いました、油断ならなく。

 ある時期までは私も単純にこう考えていた。かきたいものごと、話したい話題べつに、アカウントを分け、自分の名前を増やし、すきなだけ分裂すればいい。この誘惑は今もつきまとっているし、ひとがそうしたしかたで自分の複数性とつきあっていくことにはもちろん敬意を払うつもりであるけれど、ただ、どうして自分がアカウントを分けたくなったかと考えこむと、そこでは自分という性格の専門化、性格の専用化とでもいうようなものが誘惑を働かせていることを感じずにはいられなかった。だからやめた。
 アカウントを分け、名前を増やすと、一見自分をばらけさせたように見えて、しかしかえってそれぞれの主体(アカウント)の単位内では性格が強く固定的になっていくようだ……。複数性などという用語でひとの精神を指すのは生ぬるいだろう、ひとの「ずたずた」、ひとの「ぼろぼろ」というべきだろうその、ずたずた、ぼろぼろをひとつの名前のもとで行うこと。自分のなかの誰をも「専門家」になどせずに、ひとつの土地の上でずたずたになってみせること。控えめに言ってそれはかなり不細工に見えるだろう(……)。結局は誰にも任せられない。多彩な名義をなげやりにも乗り継ぎ、乗り捨ててきた者が、あるときに決めた名前、そのただ一個の名前のもとにいてみよう、と思い直すことは「退行」だろうか。あなたにはそうかも知れない。私にはまったくそうでない。

 先週また秋田に、今度は青森経由で行ってきた。新青森駅はほんとうに乗り換えで構内を通るだけ、という時間しかなかった。受付のひとがどのような言葉遣いをしてるかとても気にしてしまう。弘前も久しぶりに見たかったけれど無理だった。
 目的地で降りて写真は夕方5時台に撮った。誰も歩いてるひとなどいなく、タクシーが数台駅のほうへ進んでいった。店という店のすべてシャッターがおりている鷹巣駅前をしばらくふらふら歩いて、屋台のように小さなクレープ屋だけ遠くで場違いに営業してるのを見つけた(それは写真には撮らないでおいた)。今この写真を見ながら、お守りが雨に濡れればその「中身」も濡れるだろうことを考え、そして乾くときは外と中とではタイミングにおいて同着でないだろうことを考えた。どうしてだろう。

『忌臭祓い』(奥村真)

 メディアマーカーという読書記録をつけるサービスがあって、しばらく前に終わった。10年近く使っていた。ひとなみに「まめ」だった訳だ。けれど読書記録をつけなくなってもなにも変わらないことが判り、ひとの言葉を借りればすっきりした*1。読書記録に対する悪感情があるのでなく、10年使ってもなにも残らなかった、残してはゆかなかったツールとのつきあいというのが私にもあったらしいことを思うと、そういう気持ちだな、というだけ。同じほど使っているブラウザ:OPERAにも、離れるときにはそういう気持ちを抱くに違いない。

 高橋正子を死においやった者は誰か。それは、かつての高橋正子の仲間達、すなわちかつて前衛短歌に身を置き、時代の退潮とともに逸早く前衛から身を引き、秩序の側へ帰った者達です。短歌ジャーナリズムをわがものとした彼等は、あなたから発表の場を奪ってゆきました。あなたは淋しい想いで、八〇年代という時代の盛衰を見つめていたことでしょう。
福島泰樹「前衛短歌への憤死──高橋正子、佐竹弥生」*2

 80年代の詩集で『忌臭祓い』というのを古書店から掘りだしてみる。どういう扱いを受けているのかは知らない。これは帯が「よくない」から、もっと言うと佐々木幹郎の紹介文が不愉快だったから(悪かったね)、それをまず引いておく。

みんな廃めちまえ
と欠けた月(「栗名月」)


奥村真は都会の路地の片隅にある八百屋の二階に住んでおり、職業は?と聞けば、「渡りのバーテン」と答える。ロシア語を愛し、つねに酒瓶を手元から離さない。酔っぱらっては陋巷に窮死することが夢であると語る。(佐々木幹郎*3

 佐々木幹郎は措いておいて、この「みんな廃めちまえ」はみんなやめちまえだろうしいい一行だな決まってるじゃんとも思うしそして詩のなかで「百姓」に「ひゃくせい」とルビをきつく打てる者はそうはいないだろうから、そこは私自身うなだれて受けとめるにしても、この詩集がもし前半から後半にかけて年代順に作品が並んでいるのでなければこの詩集はむごいものとして与えられる、と言わなくてはならない(そのほうが本としては幸せだったかも知れない)。この詩集は、この詩人だけの自由詩が始まる、始まりだしている、というまさにその地点で終わっているように私には映る。
 要するに、私にこの詩集の前半はきびしい。佐々木幹郎の帯がとても嫌なのは、この詩集の言葉のだらしなさを「酒浸りの詩人」という像のだらしなさに直結させてそれで済ませる回路をわざわざ用意してるからでもあるし、だけどいちばんだらしないのはそうした楽屋裏のエピソードにつまらない詩に対する八つ当たりの口実をさがしてしまう私自身でもあるに決まっているけれど、ひとつひとつの詩が呆けているだけならまだしも、つまらない詩がふと鮮明な一行をつづってみせることさえそうした予断に陥没している状況下では、酒飲みがふと正気に返った様子のようでそれもまた気に食わない(……)。ここまで大分人格批判をしたようだな? 死にたいのか?  にたいか? 「地下水参拾米坂途のぼりつめ」「揺らめきながら映る木漏れ陽ほどのこころの襞を/一斗がまで二回炊け」(「忌臭祓い」*4)の助詞嫌いと漢数字へのフェティッシュ、「純粋持続の空」の「ヒヒ的存在」*5につけられた脚注がまとっている気分、「ドラムカン風呂蹴飛ばし螢群棲」(「螢の通夜」*6)の直前まで駆けてきた動詞に情景でシャッターを下ろす体言止めといった詩の言葉の技術的な顔は、たしかに北川透鈴木志郎康以降のものかも知れない(「以降」だからなんだ……?とも思うけれど。少なくとも以前/以降という境界線は気軽に取り外しがきくステイタスではないのだから)。生活詩というきなくさい用語がこの詩集に宛てられるべきではないとも思う。けれど、そんなことではこの前半のむごさ、きびしさは救われないと思う「浦島太郎の恋」。

光の速度に接近すれば
時間膨張盲腸鈍重なろおかる線繊細な前菜は開けっぱなしのといれのおんなと
幼ななじみのような猥雑な視線を交わしたのですが
童心少年野心精進料理の改心傷心
ましいんの誤診
一心不乱な斬新邁進
決心安心乱心
往信不通の遠心力求心力
不信の近親献身乾坤渾身込めての先進的な瀕死憤死ほどでもない
悶死慢心論旨支離滅裂劣悪嗚呼あくこともなく
しんしん雨降り恋闕あんどろめだ薔薇血
塵芥地球極東無情辺境侠客(おとこ)一匹


きみと暮らしてみたい
(「浦島太郎の恋」*7

 悪意ある引き方をした。しかし文字の自走性に主体の速度の多くをゆだねているのが悪いのでなく、自走性を恃みにすればするほど、むしろ詩は遠くまでは行かれないということが無残に打ち明けられているのがきびしいのではないか。素朴に音でつないでいくと、かえって同じ思いの周辺しか歩き回れないことが暴露されてしまっていることが、おそらくむごいのだと私は思う。そして音と意味と思いの罠への突っ込み方のほとんど感動的な無防備さにおいて際立っているこの詩をやはり引かなくてはいけなかった、とも。


 この詩集がそうむごくはなくなるのはどこからだろう、「生まれない秋」からか。「眼施(げんぜ)」からだろうか。雰囲気が別になったとまでは思わない、ただ明らかに一行への信頼することの質が違う風になっている。それはすでにだらしないとは気安く読み手に言わせないものだ。「リゾートマンションまるごと沈む螺旋の湾岸駆け下るとふしあわせという名の蛸がいる」(「廻転」*8)、ああそこでその言葉があるのは知ってたよ、と読み手に先取りする傲慢をゆるさないものが生まれだしていると思う。一方で、行分けをする手管が現代詩っぽさに染まりだした(巧みに、いやらしく)、とひとは感じるかも知れない。って、ねえねえ。ひとは、じゃないだろ? 私がだろ? (……)けれど、そうした、それこそつまらない読み手からの評価語の裏で根強く流れていく心づもりが。

心優しいストリッパーたちの電車は揺れたい
電車は降りたい
生まれるかもしれない風ならば
吹いてやらない時計ならば狂ってやる
生まれないかもしれない秋
赤ん坊の名をつけた
きっと何もない
(「生まれない秋」*9

 この詩人を福島泰樹が朗読したという出来事も、なによりこの詩人自身に『忌臭祓い』という第一詩集「以降」の詩集のいくつかもあることも今日私は知ったし、だから第一詩集のみで姿を消すという身のこなしもできず続けていった筈の営為がこの詩人にもあるということで、ほんとうは少しひるんだ。この第一詩集のあとに詩人がまだやっていけているということに率直に、そう、違う、ひるんでない、クソが、と言い張りながら。自分のために。「たたかいはすでに/いさかいはつねに」(「変若水*10)。

*1:自分がボードレールが好きじゃないと気づいてすっきりした、とあるときに斉藤倫が言っていたトーン、そのトーンをここで私は借りたくなっている。

*2:福島泰樹「前衛短歌への憤死──高橋正子、佐竹弥生」『葬送の歌』p.99、河出書房新社、2003年。

*3:奥村真『忌臭祓い』、砂子屋書房、1982年

*4:同上p.10

*5:同上pp.28-29

*6:同上p.16

*7:同上p.27

*8:同上p.71

*9:同上p.55

*10:同上p.63

『写真のボーダーランド』(浜野志保)

 大森荘蔵の初期の知覚をめぐる議論でこんなのがあったと思う(この日記の最後の後にかくようにこの私の記憶に失敗と成功とがある)、たとえば顕微鏡などを用いて通常の人間の眼ではとらえられない「組織」(椅子の表面や、人間の皮膚など)を写したプリントがあるとして、しかしそれが、いわゆる「ひとの眼には見えない世界」だというのはあたらないのだという。ほかでもない、自分の手をこうしてただ見つめることがそのまま、顕微鏡があらわにする拡大された皮膚組織を同時に見つめることになっているのだから、と。ここで焦点は「見える、見る」ということで、なにを、どこまでゆるすかにかかっている。皮膚の表面の組織はひとの眼には見えないどころか、ひとは毎日それをしっかり見ている。皮膚の表面のたしかに微細だろう組織を見るという出来事は、要するにふつうにこうして手の表面を見るという出来事にそっくり含意されてある。ただし、顕微鏡を用いて初めてつぶさに明らかになるような、そうした見えによってではないにしろ(……)。この議論には腑に落ちる点と腑に落ちない点とが同じくらい混ざっていて、長く私のなかにも居残ってきた。整理して詰めるべきだとも思うし、はぐらかされた気もしながら、なにか不穏な心底からの手触りも無視できない、そういう議論だ。ネルソン・グッドマン『世界制作の方法』にも類似した問題がなかったろうか。
 「人間の眼に見えない」という意味の水準も、以上のような議論を踏まえたとき、「体内の骨格」と「物の表面組織」と「幽霊」とではいっしょくたにする訳にはいかなくなると思われる。不可視のものを誰の眼にも見えるようにする写真という主題に向かっていく際に、X線写真、オド写真、流体写真とうとうのエピソードがとりあつめられていくのは必然、と納得もしながら、そこは少し注意したく思った。

 ところで「霊媒者や霊感の強い者のみが見ることができる幽霊を、誰の眼にも見えるよう白日のもとにさらすのが(心霊)写真だ」というテーゼを多少一般化させてかきかえるなら、「選ばれた者のみが独占していたXを、身分や生まれに関係なく万人がふれられるものへ」となる。この隠喩はもちろんいたるところで流通し、同じくらい破綻してもきた。端的に、幽霊がそこにいるという心霊写真を渡されて、その画面内に幽霊を見いだす力能が要る。それから、幽霊を見いだせるまで写真を眺めつづける身体上の力能が要る。それではない幽霊を別個に見いだして、ひとり写真に頷く力能が要る。見えてないし、信じてないのに見える、信じる、と言い張れる力能が要る。最初から拒否する力能が要る。見えない、信じない、と言う力能、言う気力もなくほかの者が談笑している間にそっとその場を去る力能が要る。写真を渡される機会さえもたないでいられる力能と、渡されたことに気づかない力能、とうとうが要る。本書には盲目の者が妖精を心で視認している話がでてくるけれど、虫が見る霊、部屋の隅の埃やつむじ風が見る霊、早朝5時台という時間帯自身が信じる霊、コーヒーをこぼされたアスファルトの表面の組織が信じない霊、などについてはどうだろうか。


**


 上のような日記を数日前かいたあとベッドで眠ろうと眼を閉じて考えとともにさまよっていると、大森荘蔵の元の議論では「皮膚の組織」などではなく「分子」という言い方をとっていたように思え、だんだんそれがただごとではない自分の記憶改竄、言うに言われない罪業のように思えてきた。それでも大まかな趣旨はおそらくあまり変わらないと思われたものの、不安をおぼえてそのままベッドから携帯電話を操作し、いったん日記を下書きに戻し、また眠るべく眼を閉じた(……)。今日、『言語・知覚・世界』の該当箇所をさがせたので引いておく。私の記憶のでどころはここかと思えただけで、忘れていたべつの本、べつのページが参照項になっているかも知れない。以下に引く議論は、ミクロ記述(出来事を描写する物理化学的な語彙)とマクロ記述(出来事を描写するひとの日常的な語彙)との関係について考え込んでいくさなかでの文だ。つけくわえておくと「分子」という言い方はネルソン・グッドマンの語彙だったということも合わせて気づかされた(大森議論では「粒子」)。ひとがどう話を混ぜ、短絡を起こすか、あえて言えば:というより、どう変形をこうむらせることで私がなにを生かそうとしたかということ。

 まず一つの混乱を整理しておく必要がある。粒子は見ることも触れることもできないというのは果して正しいだろうか。そう言われるのは粒子が見たり触れたりするには余りにも小さいからである。しかし、この根拠、つまりその小ささから、見触を粒子に拒むのは必ずしも正当ではない。
 われわれが虹を眺めるとき何が見えているだろうか。もちろん七色の帯である。しかし、見えている姿、知覚に現に与えられている色模様とは別に、「何を」見ているのかと尋ねられたらどう答えるだろうか。もしこの問に応えるべき答があるとすればそれは、水滴だという以外にあるまい。しかしもちろん、一つ一つの水滴は小さすぎて見えない。では、「水滴の集り」を見ているのだろうか。しかし「水滴の集り」とは水滴の物理的な集団以外の何ものでもあるまい。「水滴の集り」は水滴からできているのである。したがって「水滴の集り」を見ているならば、まさに水滴を見ているのである。同様に、遠くに飛び去る飛行機は銀色の一点としか見えないが、われわれは飛行機を見ていることに相違はない(そうでなければ一体何を見ているのか)。ところが飛行機は翼や胴体その他からできている。その翼も見ず、胴体も見ず、エンジンも見ずして、すなわち、飛行機のいかなる部分をも見ずして、しかも飛行機を見ると言えるだろうか。さらに、今眼の前にある灰皿の表面を例えば一億の小部分に細分したとする。その一億個の小部分のいずれをも見ずして、その集りを見ることができるだろうか。
 要点は次の点にある。粒子は見も触れもできない、ということの意味は、粒子は如何なる意味ででも直接見たり触れたりできないということではなく、直接にはその一つ一つを識別して見たり触れたりはできない、ということにとどまる。もし、この灰皿が粒子の集りであるならば、私は灰皿を見る度に、灰皿に触れる毎に、粒子を直接に見、直接に触れているのである。ただ、その一つ一つを識別して見、触れることはできない、ということなのである。このことは、粒子の代りに灰皿の一億個の部分を置き換えても全く同様に言える。したがって、粒子と直接経験との距離は、現に今見ている灰皿の一億分の一の部分と直接経験との距離と同程度なのである。
大森荘蔵「第I部 言語 6 説明と記述」『言語・知覚・世界』pp.115-116、岩波書店、1971年。太字強調は原文では傍点)

 ところで私が本を見、本が分子の集積であるというなら、私は分子の集積を見ることにはならないか。しかし他方、分子はひとつも見えないのに、分子の集積は見えるとはどういうことだろうか。
菅野盾樹訳、ネルソン・グッドマン「第五章 知覚にかんするある当惑」『世界制作の方法』p.137、ちくま学芸文庫筑摩書房、2008年)