隣述

与謝野晶子『みだれ髪』から『夢乃華』まで20首選

とおもへばぞ垣をこえたる山ひつじとおもへばぞの花よわりなの/『みだれ髪』 花にそむきダビデの歌を誦せむにはあまりに若き我身とぞ思ふ 天の川そひねの床のとばりごしに星のわかれをすかし見るかな 海に入りて海にさくべき春の君と或ひと見たる白牡丹の花…

山中智恵子『星醒記』(砂子屋書房、1984年)10首選

フオマルハウト水甕の水そそぎなばよみがへらむを水なき哀歌 襟ほそくわれは病みにききみゆゑにまたきみゆゑにねむらむとする 海よ海よ 汝が前生に天草の海あり夏をさかんなるかな わがとほき心にふれて肉に棲むまどひに触れずゆきしきみはも アルデバランの…

starstruck

さしあたり「星の匂いのこびりついた歌」とでも呼んでおく。 短歌形式にとって「秀歌」と「星の匂いのこびりついた歌」は、道徳と倫理の違いに似ている。それはまた、神話的暴力と神的暴力の違いに似ている。道徳はかかれ、また言われたものであり、誰でも参…

言い訳要らずの反故──前川佐美雄『大和』

ナガノはちょっと歌ってはやめ、またこわごわ歌い直すことをくりかえす。ひとつの曲をさいごまで歌いおおせることができない。 「歌えるようになるといいね」 「うん」/雪舟えま「とても寒い星で」、『凍土二人行黒スープ付き』 「着いたあとでそこが目的地…

1971、Portrait in Negation──近藤和中『帰ってきたエルンスト』

舌打ちは自分が傷つくからやらない、とある配信者が言っていた。 ほんとうにそうだと思う。 桜を湯がく できないなんて/暮田真名「川柳メイキング04」 もうこんな・は嫌 又三郎ざあざあやみを鳴らしてくれる/とみいえひろこ「うろ」 水映すテレビの光あお…

阿部完市15句抄出(『阿部完市俳句集成』から──『軽のやまめ』以前)

鏡・旗・後頭部にある正確な心/阿部完市『証』 僕を売るごくごくごくと鈴飲んで/『絵本の空』 ひろがりひろがる青の信号だらけの海 ローソクもつてみんなはなれてゆきむほん かるい百人朝空からおりてはたらく/『にもつは絵馬』 心のところに青い寺赤い寺…

秋元不死男・平畑静塔の10句抄出(『現代俳句の世界13』から)

驟雨が来波間の少女色かはる/秋元不死男『街』 神の指かくまで花を発しける/『瘤』 佛像を蟻の一匹出没す 蔦巻く家へ悲劇の方へ一歩づつ 霰打つ模型の鮨をめがけては/『万座』 優曇華をおおと穢む男かな ※穢(きたな) 風花の弔旗へさはれるを数ふ 滝鳴ら…

資金があればまた違ったろうね、いろいろ とはもちろん思うけれども。 でももうそれはいい。 それより、たとえば志路遺耕治の、たしかに褒められたものではないだろうやけくそな一夜のマラソン=詩作が「60年代詩」という暑苦しく、暗く、あんまりにもあんま…

「VAMPIRE=SUN」(仮の誌名)

「まだいるな、『魂』とかほざく奴がさ」(岩尾忍「0cal soul」)。どんな正当性も主張することなく、私にとっての前衛短歌とは「魂」を「ほざいたやつ」からの通信です。「たましひ」という語彙を自分の歌にじかに入れることを恐れなかった者のことで、「た…

歌のネグリチュード、短歌のノン・ネグリチュード

「詩的だね。」と思いきって言った。 「それは、」と間木は横を向いたまま応えた。「絵を悪く言うときに使う言葉だ。」 (安部公房「水中都市」p.249、『水中都市・デンドロカカリヤ』、新潮文庫、新潮社、1973年) 詩は、人間が言葉に臨んで執り行うひとつ…

風が風を……

現代詩をひとはどこから読みはじめるのだろう。 私には、ふたつのルートがあったと思う。ひとつはウラ・アオゾラブンコやひそやかに綴られた読書サイト、「いん・あうと」「鐘楼」で小笠原鳥類がかいていたあんなにすばらしい詩の話を頼りにして・・・つまり…

継承=後遺症

冬の間、次のツイートを繰り返し参照して考えていた。「詩人は貧乏や逆境に強い」という旨の朝日新聞の記事での野村喜和夫さんのコメントを読んで、「うーん」と首を傾げている。実際、強い人もいるだろうが、それは「詩人」の属性ではなく、世間が「詩人」…

短歌のスポイラー、暴露に享楽があってもないとき

昨年行われたWS「ネタバレの美学」での発表資料にひととおり眼を通した:・高田敦史「謎の現象学: ミステリの鑑賞経験からネタバレを考える」https://drive.google.com/file/d/1o5mS7cAGL6S4ygtGh8N8r3wxz9lVgG6X/view(リンク先はpdf) ・森功次「観賞前に…

ミシディアうさぎは、今夜?

「『してきたことの総和』が未来ではなくなるときに」(http://kyollect.hatenablog.com/entry/2018/11/18/204057)で、中田健太郎にたった一言でも言い返そうとして、疲弊した。そうかいてみて何人が真剣に受けとってくれるものか知れない。単にその圧倒的…

森本平について

★自分だってたかだかインテリゲンチャでしかないことを自覚してるから、というところが小泉義之の文を最後のところで信頼するひとつにはある。だって理論家や批評家や大学教授のひとたちってみんな自分を下から上を撃つ抵抗者に位置づけたがるもんだし、せい…

『忌臭祓い』(奥村真)

メディアマーカーという読書記録をつけるサービスがあって、しばらく前に終わった。10年近く使っていた。ひとなみに「まめ」だった訳だ。けれど読書記録をつけなくなってもなにも変わらないことが判り、ひとの言葉を借りればすっきりした*1。読書記録に対す…

短歌の蚯蚓腫れのグリッサンドに際して

短歌を読むしかたにおいておそらく私が初めに失明をおぼえたのは、歌を音の集まりに再構成した上でその構成音を一個一個取り上げては「この上句のY音の柔和さが(……)」「K音の硬質さ/軽快さが(……)」といったしかたで音を聴取しようとするしかただったの…

ラドヴァン・イヴシック『あの日々のすべてを想い起こせ アンドレ・ブルトン最後の夏』

「素晴らしい。だが同意しない」(安川奈緒)という言葉はただでは言えない。この言葉が寄せられたもともとの文脈がそうだ……し、「傑作だが、重大な問題点がある」とか「ものすごく好きだけどここはどうしても受けつけない」という気分で言いえるものをこえ…

「大杉栄、山口百恵、私の誕生日今日火の匂ひして」(尾崎まゆみ)

頻繁に通る道で路上に面したところに緑色のコンテナのような機材が設置されていて、それには「大変×××」という白い印刷文字が小さく左下にかかれてある。あるとき気づいたのはこの「大変」とは「大宮変電所」の略称だということだけど、そのあとの×××という…

二日前、モダニズム詩についてかきながら実は高貝弘也の初期詩篇のことが思われていた。それも『中二階』ではなくて、もっと以前……時期的には80年代初めの「跳躍」や「玩具箱の喇叭ッ叭」といった作品。「制度」はこれらの詩に習作という術語をあてがうに違…

封殺された「水色のほくろ」のために

10年ほど前、『モダニズム詩集 I』(鶴岡善久編、思潮社、2003年)についてかいた文があって、今日はそれを引っ張り出している。以下ではその当時の文と通信をとりながら、あらためて少しかいてみたい。 毀誉褒貶というよりはるかに、あらかじめ反省的なかま…

同時刻同色(ないわれもないのに)──林市江『銀漢頌』

限定というのはそこでしか観れないこと。パチスロでしか流れない小アニメのことをひどく気にして。そういった場所で、特別の(ともかくも、特別の)アニメを観ることは、いい悪いでなく、私ならたのしくなれない気がするというのはなにへの牽制でもなくて。…

伊藤、比呂美が、松平、修文の歌をほめてるんだよ……!!!! 頭のなかで太字強調された思いを、頭のなかで太字になぞるたのしみをまだ切り離せないまま。 実をいえば、「アルカディア」Iは、衝撃だった。現代の短歌に初めて触れたのである。現代詩とはちがう…

森岡貞香『百乳文』10首選

この海星の場合 港湾に突き出たる concrete のうへにて死せり ※海星(ひとで) われが淵といふ名をもちひむかとおもふ 横切るはひとつ幻影 雑木林の空を飛びながらの産卵はすずめ蛾の種に運命ありき おびくものとしもおもはねど龍の髭のかかふる青き玉に目を…

恋愛はどうでもいいと思ってたけど、いいものもあるのかな、と、どうにか自分にゆるせるだけ思えるようになったのはたぶん二十代もかなりすぎてからで、それはほぼ「学習」によった。漫画とか小説とか。いずれキャラクターを通して、キャラクターが語りたそ…

もう一度言ってくれないか、「短歌ってどう作るんですか」と。ほんとうにもう一度言ってくれないか? いや? そんなものはない。短歌の作り方を指導し、指導されて歌を作れるようになる可能性などあらかじめ廃絶させたところで自分は歌をやっている。要約す…

現代俳句と現代短歌と現代詩とをいっぺんに読み出した。そうに、決まっていた。そう……の筈でもあった。間もなく「いっぺんに」の前に「できるだけ」がつき出し、「思いのうちでは」へまで押し出され、明らかなことは明らかになっていった。詩の華々しさ以上…

たい-いんの日

賛成したのは誰か?:誰が私を逃がしてくれたのですか? 怖い責任論の時間に眼をあけられるひとなら、たとえばそんな問いから始めるべきではないと教えてくれるだろう。あなたの生存は誰かへの贖いとしてのみ描像される必要はないと。無償と有償の終わりない…

耳をふさいでも眠っても

長野は今夜の天気予報によると「所により曇り」らしい(何故長野かと訊かないで欲しい。私にも判らないので)。それを示すアイコンが表示されている。曇りマークの右上にかぶさるようにお月さまマークが乗っている。雲の記号と月の記号がいっしょくたになっ…

ヴァールハイト精神城での一夜が誰かに過ぎて

取り違えること、あるものとほかのものとを取り違える局面の多くについて、短歌を通じて書いてきたような気がする。たまたまだろうか。たぶんそう……いや、そうとも思えない。 まだ何もしてゐないのに時代といふ牙が優しくわれ噛み殺す/荻原裕幸*1 噛み殺す…