隣述

ラドヴァン・イヴシック『あの日々のすべてを想い起こせ アンドレ・ブルトン最後の夏』

「素晴らしい。だが同意しない」(安川奈緒)という言葉はただでは言えない。この言葉が寄せられたもともとの文脈がそうだ……し、「傑作だが、重大な問題点がある」とか「ものすごく好きだけどここはどうしても受けつけない」という気分で言いえるものをこえ…

「大杉栄、山口百恵、私の誕生日今日火の匂ひして」(尾崎まゆみ)

頻繁に通る道で路上に面したところに緑色のコンテナのような機材が設置されていて、それには「大変×××」という白い印刷文字が小さく左下にかかれてある。あるとき気づいたのはこの「大変」とは「大宮変電所」の略称だということだけど、そのあとの×××という…

二日前、モダニズム詩についてかきながら実は高貝弘也の初期詩篇のことが思われていた。それも『中二階』ではなくて、もっと以前……時期的には80年代初めの「跳躍」や「玩具箱の喇叭ッ叭」といった作品。「制度」はこれらの詩に習作という術語をあてがうに違…

封殺された「水色のほくろ」のために

10年ほど前、『モダニズム詩集 I』(鶴岡善久編、思潮社、2003年)についてかいた文があって、今日はそれを引っ張り出している。以下ではその当時の文と通信をとりながら、あらためて少しかいてみたい。 毀誉褒貶というよりはるかに、あらかじめ反省的なかま…

同時刻同色(ないわれもないのに)──林市江『銀漢頌』

限定というのはそこでしか観れないこと。パチスロでしか流れない小アニメのことをひどく気にして。そういった場所で、特別の(ともかくも、特別の)アニメを観ることは、いい悪いでなく、私ならたのしくなれない気がするというのはなにへの牽制でもなくて。…

伊藤、比呂美が、松平、修文の歌をほめてるんだよ……!!!! 頭のなかで太字強調された思いを、頭のなかで太字になぞるたのしみをまだ切り離せないまま。 実をいえば、「アルカディア」Iは、衝撃だった。現代の短歌に初めて触れたのである。現代詩とはちがう…

森岡貞香『百乳文』10首選

この海星の場合 港湾に突き出たる concrete のうへにて死せり ※海星(ひとで) われが淵といふ名をもちひむかとおもふ 横切るはひとつ幻影 雑木林の空を飛びながらの産卵はすずめ蛾の種に運命ありき おびくものとしもおもはねど龍の髭のかかふる青き玉に目を…

恋愛はどうでもいいと思ってたけど、いいものもあるのかな、と、どうにか自分にゆるせるだけ思えるようになったのはたぶん二十代もかなりすぎてからで、それはほぼ「学習」によった。漫画とか小説とか。いずれキャラクターを通して、キャラクターが語りたそ…

もう一度言ってくれないか、「短歌ってどう作るんですか」と。ほんとうにもう一度言ってくれないか? いや? そんなものはない。短歌の作り方を指導し、指導されて歌を作れるようになる可能性などあらかじめ廃絶させたところで自分は歌をやっている。要約す…

現代俳句と現代短歌と現代詩とをいっぺんに読み出した。そうに、決まっていた。そう……の筈でもあった。間もなく「いっぺんに」の前に「できるだけ」がつき出し、「思いのうちでは」へまで押し出され、明らかなことは明らかになっていった。詩の華々しさ以上…

たい-いんの日

賛成したのは誰か?:誰が私を逃がしてくれたのですか? 怖い責任論の時間に眼をあけられるひとなら、たとえばそんな問いから始めるべきではないと教えてくれるだろう。あなたの生存は誰かへの贖いとしてのみ描像される必要はないと。無償と有償の終わりない…

耳をふさいでも眠っても

長野は今夜の天気予報によると「所により曇り」らしい(何故長野かと訊かないで欲しい。私にも判らないので)。それを示すアイコンが表示されている。曇りマークの右上にかぶさるようにお月さまマークが乗っている。雲の記号と月の記号がいっしょくたになっ…

ヴァールハイト精神城での一夜が誰かに過ぎて

取り違えること、あるものとほかのものとを取り違える局面の多くについて、短歌を通じて書いてきたような気がする。たまたまだろうか。たぶんそう……いや、そうとも思えない。 まだ何もしてゐないのに時代といふ牙が優しくわれ噛み殺す/荻原裕幸*1 噛み殺す…

寒い海上で

星に願いを投稿したいとはもう思えなくなったとしても、「星に願いを」と書きつける誰かの手の運行には素通りできない気持ちが死なずにある。星そのものに願いとなって投げ込んでいかれたい気持ちがもう死滅したように感じられていて、そんなとき、どこか遠…

千年も上の空の土地

サンクチュアリ作者: 八柳李花出版社/メーカー: 思潮社発売日: 2011/11メディア: 単行本 クリック: 2回この商品を含むブログを見る 水を浴びることと泥を浴びることと、後者なら泥の色の蛍をつかむことと蛍の匂いの泥をつかむことと、前者なら水を飲むことと…

バニラとバーニア、ヴィニエイラのけんけんぱ

なにが期待されてあるのだろうか。飲み込み顔で両手を「ぱんっ ぱんっ」と叩いて左右を見回してみても、どこからともなく執事や忍者が出てきたりはしないということをひとは知っている(平方イコルスン「叱られる」)。だとしても、そのために手が動いたこと…

十月ののんちゃん、季節は名前に英雄

ロラン・バルトに「ロラン」が付くのは、「バルト」と言えばカール・バルトだったから。ジュディス・バトラーに「ジュディス」が付くのは、似た事情もあるが、女性名を有徴化する学界作法による。一律には行かないが、同等にすべき。「柄谷」と書くなら「大…

レーロージュンビゴー

より。 ひとりにつき15首の連作が104人(数え間違いでなければ)分掲載されていました。 見えざれば受話器のかなたまさびしき走者となる言葉選ばむ/秋谷真由美「星匂ふなり」 ※走者(ランナー) 台風の真昼の雲間よりのぞく欲望と等量の紺碧/江畑実「梨の…

文鎮、カタパルト、鈴(452)

両義的な言葉にどうも、後ろ髪を引かれてしまうようだ(正確にはあの意味を思えば、この意味がすぐに後ろ髪を引く、という言葉のしぐさにときめく……と言ったらいいだろうか)。たとえば「最後の人」(ブランショ)という題についてはいつかデリダも書き残し…

hinausgehen(火の腕えっへん)

二年前に書いた文を少し編集して再掲。 ―― いわゆるところの記号の恣意性の中へまどろんでいきたい言語遊戯と当初思われていたものが、むしろ感情の切れ込みに最も激しく突き当たる場所に深く届いていたことが露出してしまう、そういう場面がしきりに胸に浮…

レーローレーエン

夏からこっち、『現代短歌史』(加藤克巳著……かとうかつみちょ!!!)を開いてるけどぜんぜん。本文だけでよゆーの600ページ越えなのでくそまじめに初めから読もうとするとしぬな私と思ったので矯味あるところを小切りに読むモード。矯味てなんだいね。 わ…

早野臺氣『海への会話』

想像で補完できそうなことを省略せず糞真面目に言う。出来事や認識のつながりを露骨な順接表現を使ってわざわざ言ってみる。ということで生まれる言葉の物質性は、「ふくらみてはしる窓の燈しゆんかんの電車であるから高架のこさる」(「旗」)の「であるか…

ちぎりおえたあとで

春にして思う……。冬を? いや、秋まで、かなうなら巻き戻してみたい。十一月、十二月、三月と、セブンイレブンのネットプリントサービスを通じて短歌が印刷された紙を手に入れることが出来た。「全く新しい効能を持つ都市間交通システム(仮称)」( http://…