読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ひいふうレシピ

 「これがツルバミ
 要するにドングリだ」
 「ドングリの帽子で染められるのかい?」
 「ああ
 殻や帽子 枝なんかで染めて
 媒染液で仕上げるんだ
 ミョウバン媒染だと茶色っぽく
 鉄媒染で黒っぽくなるな」
 「へえ」
 (樫木祐人『ハクメイとミコチ』2巻p.43、株式会社KADOKAWA、2014年)

 ツルバミのことを、「要するにドングリだ」とハクメイが言っている。普通、こういう語りかけを「説明」だと思うだろう。ところで説明されているセンとハクメイはなにをしているのかというと、服を染めるための材料を探しているのだった。ほかならないセンのための新しい服。家ではミコチが染めの準備をしているところだ、頭の中ではきっととびきりかわいいアイデアも渦巻いて。ハクメイはそんなミコチのやり方をよく知っているだろうけれど、センにはなにがなにやら?ではないだろうか。すると、このふたりの会話はそれ自体、センのためになにをしようとしているかの説明でもあるだろう。説明の中にまた小さな説明がたくさん詰まっている、おしゃべりのようなそんなハクメイからの説明が、どんなにか心地よく聞こえることだろう、センには。


******


 準備することの夢については、膨大な声が聞かれてきたように思われる。前日的な期待というのは。海へ(「咲-Saki- 全国編」)、山へ(「ヤマノススメ」)。ほかの家へ、ほかの国へ。カエデで溢れたナップザックを枕に明かす山小屋というのは、どんなだろう。小銭が青やオレンジのお釣り受けに落ちるより早く、まぶたが眠気に負けて。そのたびにヒューポーとクロノアが目線でつくる長縄跳びを何回でも越えられるような、ぼんやりした電車の匂いがして。旅のための準備、それもひとつの旅だという言も謂れのないことでは、ないのだろう(その言は私がここで捏造したんだけど)。必要なものをいそいそと取り集めているうちに、これから来るものをもバッグの中に呼び込んでいるとなれば。これからする旅のために、という前提が外れて、取り集めているものたちがそれだけでひとつの道行きを示し始めるとなれば。「わたしのサヴァイヴァル中古用品カタログ(通信販売用)」(松浦寿輝)に箇条書きされてある目録の中へ、「蜂蜜のビン(いまはからっぽ。横に寝た仔熊の形)」*1という一品を見つけるとき、コップをおびやかす嵐にもこれならよく耐えてくれそうだという期待がわく。そんな期待によって準備の、だけではない力を充たしてくれるものに出会い直すことでも、旅の準備というものはあるのだろう。
 レシピというのも準備の一手段として扱われているのに違いない。語源を尋ねてみると元々は医学用語だったらしく、だけれども、そういうことを考えずとも、レシピ!と呼んでしまいたくなる。魔法の術式でも、不思議なアイテムの作成法でも。先のハクメイとセンの会話は服を染める材料に関するものだけど、それも、だ(ほかにも『ハクメイとミコチ』には工事現場用の道具や道案内の語りがあり、それらもすべて広い意味でレシピのあらわれだと捉えている……)。
 準備のためのメモ、あるいは指示としてのおしゃべりがレシピのかたちをとるとき、そこで流れ出す時間が好きだ、と言ってみたい。レシピを嬉しげに語る話法と、弾んだり興奮にのぼせすぎて静かになったりする息遣いと、材料としてえこひいきを受けるものたちを数える指の折り方の裏で流れる時間を感じるひとびとの肩や足が好きだ。一方が他方によいものを伝えようとするときににじみ出てしまう決して不愉快ではない自慢(「とっても美味しいんだから!」)と、他方が知らないであろうものたちを一方がどのように使うのかを語るときの材料の紹介のされ方(「はじめまして!」)が好きだ。
 そして、レシピを辿ってあれこれのものにさわっていくと、しばしば最初に思い描いていたものより大きなものに出くわす気がしてくるのはどういうことだろう。つまみ食い、という言い方があるけれど、レシピを辿ることはほとんどつまむことの連続であるように思われる。『ハクメイとミコチ』を読み返せば、とりわけそうだ。石垣補修で道具や石をつまむ、桑酒をつまむ、美容師が髪をつまむ、恐ろしいものだと聞いていた鳥の噂をつまみ、そのつまんだということ自体を心でつまみ(……)、部分をつまみ食いするほど全体の「嵩」が増えていくように見えるのは不思議だ。それは単に完成したものの容量を錯覚しているのではないと思うけれど、どうだろう。


 おしゃべりが終わったあと、まだテーブルの上に残されているものがあり、雨隠ギド甘々と稲妻』や、大石まさる『りんちゃんクッキーのひみつ』が残してくれているそれら、伝言のようなレシピを愛することと、次に引用する「リスト」の響きを愛することはどこか似ているようだ。レシピはそこでアンケートハガキや着せ替えイラスト( http://kyollect.hatenablog.com/entries/2013/03/31 )と同じく、「わたしをつかいなさい!」という命令をこちらに向けながら、しかし一方ではそれ自体を眺めてわくわくさせるものとして光っている。そうして、取り集められた名詞たちは自分たちで靴を整えてこれからどこかへ出かけようとしているところで、この日記を書き終わる前にすでにその足音も(川の流れのように、というおそらく最も転がりやすい比喩のひとつをここに置く……)聞こえてくるようだ。

 マジョンが荷造りした箱を運んでいるとき、カルメラは持参した長いリストを見ながらひとつひとつの品物を確認しました。
 「キノコの胞子。豆、ヒラマメ、乾しエンドウ豆と米。草の種、ビスケット、魚の缶詰。種々とりどりの甘口ワイン、砂糖、チョコレート、マシュマロ、キャットフード缶、化粧クリーム、紅茶、コーヒー、薬箱、小麦粉、スミレのカプセル、缶詰スープ、小麦粉の大袋、裁縫箱、つるはし、タバコ、ココア、マニキュア液などなど」。雪に閉ざされても十分な備品がありました。
 (レオノーラ・キャリントン『耳ラッパ』野中雅代訳p.180、工作舎、2003年)

*1:『現代詩文庫101 松浦寿輝詩集』p.64、思潮社、1992年

広告を非表示にする