「将来の夢は女子高生です」

 ミラクルということになるだろうか。
 「わかば*ガール」のOPにくすん、と鼻を鳴らしてばかりじゃだめ……と言ってまた、くすん。このアニメのOPの終わりに映し出されるシロツメクサでいっぱいになった鉢は、ところで当のOPの冒頭にも映っていて、そこではまだなにも咲いていない土……ううん、そうじゃなかった、もぐもぐと土の表面が動き出している、そしてぴこり?と四つの芽が顔を出したところで、作品タイトルとともに四人が川を脇に見ながら歩き続ける場面へ続く訳だった。そしてでは、どういうことだろう。シロツメクサが咲く前の鉢と後の鉢を見つめなおしてみると、ここには、どうやら植えた以上のものが現れているようだ。少なくとも当初の芽吹きの予感を超えるものが。あまり重いものをこのようなシーンに担わせてはいけないのかも知れない。ただ、数量的な把握を超える期待、期待を超える期待、というのはこんなささやかなときめきにも描像されてあるのだと思える。
 「将来の夢は女子高生です」と、小橋若葉という女子高生そのひとが自己紹介で告げるのも、もう不思議なことではないのだろう。自分にあてがわれた所属を超えて、ほかではない自分の望みとして……。女子高生のままで進路希望調査書の第一・第二志望までを「女子高生(はーとまーく)」と書きつけるミラクルも、ここでは禁じられていないのだった(黒川真魚はあのくすぐったい声で「よくばりさんっスね~」と覗き込んでくるかも知れない)。いつか詩人が語った「海へ出ても、海はなお遠い」。思い返せるだろうか、これを悪い背理としてではなくむしろ、単純な計測を越えて遠くへ行くための期待のありかたとして。もうとっくにたどり着いたように思われる現在地を、まだひとは違うしかたで目指せるのだと予感するとき、「初めては何回でもいいね」という"初めてガールズ!"の一節も聞こえてくるようだ。

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