ヴァールハイト精神城での一夜が誰かに過ぎて

 取り違えること、あるものとほかのものとを取り違える局面の多くについて、短歌を通じて書いてきたような気がする。たまたまだろうか。たぶんそう……いや、そうとも思えない。

まだ何もしてゐないのに時代といふ牙が優しくわれ噛み殺す/荻原裕幸*1

 噛み殺す側がわれだ、という可能性を忘れて私も読んできたと思う、この短歌の身体を行使してきたと思う。それにしてもあまりにたやすく「噛み殺されるひとがいます、それはわれです」という文意の船に乗ってこれまで出港してしまってきたようだ。実際、そのような文意に対し、抵抗的に読もうとするほど醜いあがきのように映ってしまうのは認める。たとえばこうだ。「われを噛み殺す」とも「噛み殺すわれを」とも書きつけられていないのだから、加害と被害の見取り図にここでやすやすと決定稿を出す訳にはいかない、というような(……)。助詞の省略は、動詞と動詞を担う主格との間に広がる径庭を、方位を、いつでも取り違えさせる謀反のフィギュールになりうるのだから、とまで言って。四句までに築き上げられた「総意」はそのような結句におけるあがきを認めるまいと思う。思いつつ、また思わずにはいられない。謀反の、そしてたしかに告発のフィギュールでもあるこの歌はただし「われ噛み殺す」を「われを噛み殺す」とおぎなったお前、歌の読み手ひとりひとりのお前をやはり告発もするのだと思う。
 なにも奇矯さでこんなことをうったえてみたいのではなかった。ただ、殺す側と殺される側の謀反の契機が眠るこの部屋をあまり慌ただしく過ぎてしまったいつかの自分の胸を、少しは強い力でつけないだろうか、と思っていた。

ひたぶるに河豚はふくれて水のうへありのままなる命死にゐる/斎藤茂吉*2
潮の上に怺へかねたる河豚の子は眼をあきて命をはれり

 ときにはこんなところで胸をつかれる。ああ、そばに「命死にゐる」の一首があるのだし、この「命をはれり」も「命終はれり」を平仮名に開いたのだな、と隣の歌を梃子にすることで河豚の命終を換算することをぎりぎりのところで許さないのは、「命をはれり」が「命を張れり」も引いて、つまり生き死にの水準から睨みをきかせてくる言葉がここで明滅を繰り返してあるからではなかっただろうか。「蓬莱曲」(北村透谷)で柳田素雄が最後、「いま死、いま死!」と叫ぶ。その声に呼応するように、「汝」という漢字にそれまで「なんぢ」と振られていたルビが「いまし」と振りかえられていくけれど、それが同音を依り代にしながらもけしてかりそめの言葉同士の結びではなかったように、斎藤茂吉の一首の「命をはれり」から明滅するものを感じてもいる。
 見えない者たちの総意に「あかあかと一本の道」のように収斂していくまで、そしてそれが総意だともはや感じられなくなるまで眼が一首に文意を釘づけしようとするとき、表記の曖昧さや文法の不可解さといった小さな寸鉄が、その場を性急にひとつの喪へと締めくくることに抵抗をしようとするなら、たとえばこのような局面でどうして立ち止まらずにいられるだろう。往々にして私も、そんな抵抗に気づくことなく通り過ぎてしまうし、これからも、と思いながら(すべての抵抗に気づけるようになるときが来るとしたら、そのときはきっと人間をやめている)。

あらゆるものがベクトルを失い、水平面上に、記号的に並置されているように見えるときがあるのだとしても、言葉を用いることが、事物にひとつの方向性を与えてしまうという事実は変わらない。書くことと世界とを、無関係のこととして考えられない以上われわれは、ファシズム本質主義に陥る危険を意識しつつも、一つの方向性を選びとらねばならない。言葉によって、あらゆることが「論理的に」言えてしまうように見えているとき、何を言うべきかは、これは倫理の問題だ。そして倫理学・哲学の最良の部分は、「何でも言っていい」などという諦めに到達したことは一度もなかったのである(たとえば脱構築の理論は、あらゆるものを否定するようでいて、むしろ否定しえないものの在処を指し示し、正義への責任を新たに問うてくれたのではなかったか)。
(七里の鼻の小皺 2006-12-02)

 詩人がかつて書きつけてくれた一文の「『何でも言っていい』などという諦めに到達したことは一度もなかったのである」というところを、「『何でも読み取っていい』などという諦めに、……」と書き換えて読み直してみたことがあった。読みの決定稿のなさを逆手に取って恣意性を率先して貪ったり、書きつけられた歌をどこまでも読み手に操作可能なものとして怠惰な顔を寄せてみることから離れたかったからだ。文法が、語順が、脈絡がいく通りもの読み方を許容することをみとめた上で、つまりそれ自体誰も否定できない「多様性」をつらくもみとめた上で、それでも私にはどうしてもこうとしか読めない、という局面がなければ賭けるに足るものもほんとうに失せてしまう。
 ひとつの読み方に固執しなければいけないというのではないし、複数の読み方の間で逡巡することは「どうとでも読める」という居直りなどとはやはりべつの歩みをもたらしてくれるだろう。だからそうではなくて、たとえばそれは無感覚に陥りそうな読みの時間の中で、もしひとつの誘いの声を言葉から聞き取れることがあったら、それに顔を向けてみることから始めたい、そんなたしかに頼りない気持ちに根差したものだったけれど。


 では、言葉と言葉の境界画定に逡巡するときはどうだろうか。一般に句またがりとして勘定されていた箇所を一首に即して問い直していく「句の溶接技術」(小池光)で、同時に問い直されていたのは最少の意味について、それ以上は分けがたいという意味性の句切れについてでもあったように思う。
 この議論において正確には句またがりではないと退けられている「さるすべり/咲く残暑の日」のような節を、そして論中で提案されている副句という際立った概念にも拠らずに句またがりの側へ再度引き戻すためには、「さるすべり」と「咲く」との間の結びつきを、その見事な議論に抵抗して、けっしてゆずれない繋留として死守し直さなくてはならなくなる、とも思える。この箇所はAとして読めば句またがりです、Bとして読めばそれぞれ自足した語同士なので句またがりではないです、など。言葉をどのようなユニット「として」読むのか、読んでしまうのか、読みたいのか、など。あるいは競合する複数の読みを手放さずあくまで抱えていくことをこいねがうのか。そんなことが、おそらく問い直されている。

白球のエピックそれと紋白蝶 水の中身を寿いでいる/瀬戸夏子*3

 句割れというならもう語自身が割れているようだ。「水の中にあるものを」なのか「水の中で身を」なのか、もう判別できないというよりはいっそう混濁しながら「中身」と「中、身」を明滅していけるのはなるほど、副句の視点を借りれば「水の中/身を寿いで」と区切ってもいい音数律が裏で流れているから、なのかも知れない。
 そうであるにせよ、いやそれならますます、流麗な韻律に添って「水の中身を/寿いでいる」と読めることに競合して現れる、「水の中/身を寿いでいる」を共に抱えていきたくなる。句割れ(「水の中・身を/寿いでいる」)としてではなく、いっそ五音・九音として句分けごと変形したようなものとして、句という水位を無理に上昇させてまでしがみつく。そう言えば「中身」と「中、身」ではアクセントが変わるけれど、声の水位も上昇し下降をするということだろうか。下句に費やした逡巡の数え終わらない総計から上句を風のように盗み見るエコノミー、と言えるかどうかまだ判らないけれど、このような逡巡のうちでいくつもの韻律が教えてくれるものがある。誘いに似たものとして今、それを聞いているところ……いや、聴きたいと私も願っているところなのだと思う。

*1:荻原裕幸「I 水晶街路」(『青年霊歌』)、『デジタル・ビスケット』、沖積舎、2001年、p.12

*2:斎藤茂吉「11 三崎行」(『あらたま』)、『斎藤茂吉選集 第一巻』、岩波書店、1981年、p.122

*3:瀬戸夏子「フレネミー」、『北冬 No.015』、北冬舎、p.24

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