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たい-いんの日

 賛成したのは誰か?:誰が私を逃がしてくれたのですか? 怖い責任論の時間に眼をあけられるひとなら、たとえばそんな問いから始めるべきではないと教えてくれるだろう。あなたの生存は誰かへの贖いとしてのみ描像される必要はないと。無償と有償の終わりない帳尻合わせでしなくてもよい破産へと心が追い込まれる義務などないと言ってくれもするかも知れない。それで引かれた第一の質問への抹消線が、文字の上にかぶさった一本の閉じた眼としてこちらに描像されるとき、抹消線の真ん中からおずおずと眼をあけるようにして、完全にあけきってしまえば自分にいったいなにが書かれていたかの名残りごと消してしまうようであれ、おずおずした心は石油の満ちたドラム缶の隣で第二の質問を投棄できそうにない、と寒くしてもいる。


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 あうぐ制作のフリーゲーム、「アイシャの子守唄」(http://aug81074.nobody.jp/game.html)をプレイしながらひとつの声を思い出していた:「君だけわ かくれろ!」 アイシャだけは。アイシャだけわ。
 ゲーム自体は三十分ほどで終わるだろうか。乏しい明かりを頼りに暗い建物をアイシャが歩く。プレイヤーはアイシャを操作しながら建物の奥へ導かれていく。メモやモノローグ、記憶に浮かぶ声から読み取れるのは、なにかこの世界で戦争が起こったらしいこと、(ゲームがそこから出発する)狭い個室にアイシャだけが取り残されていたこと、など。時折、アイシャの兄の幻とも幽霊ともつかないグラフィックが懐中電灯に照らされては廊下の暗がりへ消えていく。
 ゲームをプレイするのが久しぶりだったせいもあるだろうか、ゲーム内に立ち上がる運動体をキャラクターとプレイヤー相互で司っていくための操作そのものに胸をつかれる場面があった。右移動/左移動だけで廊下を進む、という基本操作をゲームから教え込まれるうちにこんなことが起こる。それまでずっといたアイシャがある場面で画面から消える、その瞬間、プレイヤーの私は見えなくなったアイシャにさえ右移動/左移動をあてがってしまった(……)。右移動/左移動の操作を受けつけるそもそもの動作主が画面から消えたあとですら何秒かそうした、ということ。その一瞬の、いわば、もうプレイヤーの操作が通じない場所へキャラクターが行ってしまったと判ったあとでなお、動作主が消えた画面そのものに右移動/左移動をつい繰り返してしまうとき、心は前に歩いているはずなのに身体が後方に置き去りにされるような最後のめまいがあったように思う。


 「君だけわ」のドラム缶のそばに心と戻っていく。乏しい明かりに見えそうな「君だけわ」のそばに。記憶では赤黒い錆は一度濡れて乾いた新聞紙のように取れやすくぼそぼそしていて、そういう叙述がドラム缶という見たことのない友達に対する正射とはなりようもないと知りながら。

 (まえがき)
 そとはあかるい五月だつた。わたしわ病みつかれ手に杖をさぐり、とぢこめられた病室を歩きまわつていた。ふいに喚声がおこり、人々の駆けぬけてゆく足おとが多くきこえる。何事か? 誰がきたのか?(……)


 (あとがき)
 同じよおに杖をひき、よろめいて立上るわたしが扉をあけ、まろび出る肩をつきかえしああその眼が云つた、その眼だけがわたしを救つた、
 ――君だけわ かくれろ!
中井英夫「続・黒鳥館戦後日記」*1

 この1948年6月1日の日付を持つ日記が。この、「病室」と題され「まえがき」と「あとがき」を持つ……そしてここでは引用しない、わずか1ページほど書かれたあの文が詩なのか詩を踏み外した陳述なのか、知らない。とりわけ、「君だけわ かくれろ!」という声が。ほかの日付に書かれてある「あの子はうたつてない」や「わたし達青年は。封ぜられた夢」が。
 1946年に内閣訓令された「現代かなづかい」(http://www.let.osaka-u.ac.jp/~okajima/hyoki/hyoki.htm)の写しをいま見てみると、助詞に関する細則も拾うことができる。「[ワ]に発音される[は]は、[わ]と書く。たゞし助詞の[は]は、[は]と書くことを本則とする」。上に引いた文にかぎらず、中井英夫のいくつかの文では助詞に「は」と「わ」の表記混在が確認できる、そのことの、かきむしるような苦痛をどう受け取ったらいいだろうか。発音と表記の一致を目指すことと、実際には言葉の上に取り消しがたく生じる齟齬との間で、現れたばかりの「現代かなづかい」と「旧かなづかい」(旧、どころか)との間で、ことさらに発音に花を持たせてやるように、いや発音に過剰に持たせてやった重傷の花で書き手の呼吸ごと溺れてしまいそうな「同じよおに」であり「君だけわ」であり、と思うとき。この「君だけわ かくれろ!」をどうやったって動かせない動作主だと知って、操作を受けつけないひとの場所へ行ったのはこの言葉で、祈る者にもならないままの眼をつくっている自分だ、と寒くなっているとき。


 敬虔な悪意(正岡豊)という言葉を強くおぼえている。この言葉はもともと、荻原裕幸の歌をめぐる環境に対して言われたものだったけれど、この忘れがたい言葉から対のようにしていつも思うのは、他人の声を歴史的仮名遣い/旧仮名遣いで記してきた歌人の手の動きだった。会話文、他人の「話し言葉、話された言葉」を引用するという意味では仮名遣いがどのようであれ、他人の生をあるしかたで歌人の側に巻き込むことであるだろうから、その点での力の行使に明瞭な軽重の差をはかられよう筈がないと私も思う。ただ、旧仮名遣いで書いたり読んだりすることなど初めから念頭にもないようなひとびとの会話を旧仮名遣いによって筆致する営為に出会うと、そのたびになにか特別な汗のかきかたをしてしまうようだ。旧仮名の生に巻き込むこと、巻き込まれること(……)。

蛸一つ息づきをるを「ねむつてる」と幼な子は評し終はりぬ/玉城徹*2
「座敷童子はひとを食ふか」とかれ訊くに「くふ」と応ふればかなしむごとし/小池光*3  ※童子(わらし)のルビ
生きてゐれば帰るよ、わざとらしいその言ひ草は夏至の日の朝/花山多佳子*4
神さまがふつてくるつて 隣卓の会話の裂のただよひきたり/花鳥佰*5  ※裂(きれ)のルビ
盛岡をまるごとくるみこんでゐる(しばれるなつす)雪のショールは/大西久美子*6

 そうは言っても単一のしかたで筆致される訳もないのだから、ある局面では「小さいひと」の直接話法らしかったりもすれば(玉城徹)、間接話法の処理を一度通しての声が直接話法的な鉤括弧と引用をマークする鉤括弧との間で示されたりするだろう(小池光、もちろんこれを直接話法と受け取る耳もあるかと思う)。他方、鉤括弧なしに他者の声を吊るすしかたもある(花山多佳子、花鳥佰)。方言というこの話し言葉の指標を底から焼くような類の語彙がパーレンに組み込まれるとその言葉の出所は不明になるというよりいっそ、誰かとそのような語彙を使ってお話をしたのだという、ボールを投げて肩のように疲れた咽喉の記憶があるのだという、たしかめを誘いもするだろう(大西久美子)。目黒哲朗がその歌集『VSOP』において「児童・生徒の作文集」を旧仮名遣いで書き換えていった作業も忘れる訳にはいかない(この場合、元の児童の作文が多くです・ます文で書かれているであろうことが、書き換えられることのうちにある声音を削られていく感触とともに)。

安否を問ふは誰かの安否を問はぬこと寒風に舞ふ桜ひとひら黒瀬珂瀾*7
テムズには映らぬはずの宮殿を茂吉は見しか王権として
小さき荒野わが手にありて児を掬ひあざみの絮に包みゆくなり
淫雨なぜ貴方に遠ざかつたなぜ ウォーター・ルーは寒き駅舎だ
代役がひかりを浴びてゆくさまを見つめつつ路銀の残を思へり
喜悦(んばっ)、口に炸(んばっ)裂せるか眠り(んばっ)の前の乳児は

 アイルランドやイギリスを移り住みながら、そのうちに聞き取られたひとびとの声を旧仮名遣いに抱え込むように記しているのは、『蓮喰ひ人の日記』(黒瀬珂瀾)だった、いや、この歌集の声の立ち上げ方をたどるうちに「敬虔な悪意」という言葉もまた違った角度から思い出せそうだった。ニュースの声、ひとの声はここで詞書に多く位置を持ってあるようだけれど、旧仮名遣いによる筆致から逃れてあるわずかな例外をたしかめることができるのもそこ、詞書という「いちばん前で、いちばん後ろの席」だったと思う。例外の席はそこで仮名遣いの尖筆が刺さり込んでできた穴を少しだけ、のぞかせてくれてもいるようだ。
 ここに引いた最後、んばっ、んばっ、という泡の音が眼を閉じて笑う大きな口だと信じられるとき、つまり「喜悦、口に炸裂せるか眠りの前の乳児は」と大きな身振りでの範疇連鎖を確保する筈だった「声調的に正しい(かも知れなかった)韻律」が失われていっそう明るんでいると信じられるとき、つまりつまり眼の前の顔を声と、声を顔と取り違え続けることのしずかな喧騒そのものでもって韻律に巻き込まれながら成就したい思いを思うとき、抹消線のどちらかの端をそっと握り直してみる。

*1:中井英夫「続・黒鳥館戦後日記」『中井英夫全集 8 彼方より』、東京創元社、1998年、p.611-613。

*2:玉城徹「水族を詠ず」、『樛木』、短歌新聞社、1994年、p.15。

*3:小池光「日々の思い出」(『日々の思い出』)、『続・小池光歌集』、砂子屋書房、2001年、p.15。

*4:花山多佳子「金蛇」、『胡瓜草』、砂子屋書房、2011年、p.125。

*5:花鳥佰「女満別空港は雨」、『しづかに逆立ちをする』、六花書林、2013年、p.27。

*6:大西久美子「なはん」、『イーハトーブの数式』、書肆侃侃房、2015年、p.12。

*7:黒瀬珂瀾「六の月」、『蓮喰ひ人の日記』、短歌研究社、2015年、p.21。以下同書より引用。「九の月」、p.65、「十の月/一の月」、p.83、「二の月」、p.95、「八の月」、p.184、「八の月」、p.194。

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