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ヘラクレイトス、その川のちぎり

ピトレアリスム

 眠るのが二時間でその間に二十回眼が覚める。この数字にとくに意味はないんだろう。この数字は眠りと眠りの間で数えられたものだから夢より少しだけぼんやりしてるんだろう。一週間にそんな二十度寝が一度くらいある、今日ではないことがそこにおきる。
 それは誰もに訪れるback to school? いや影より高く付くstraightforward。「月光の貨車左右より奔り来つ 決然として相触るるなし」*1、それから、「星のきまっている者はふりむこうとしない。」*2。引いてみて自分が引きえないことだけが判る。引く手にあれないと感じる。それを私は同じしかたではけして引けない、と理解させてくれる誰かがいる。いつも:生の、のっぴきならないしかたで、べつべつの書き手によってこの歌とこの詩行が引かれていったのを見つめていた。「アメリカ」ではそう書きつけられていたように、星のきまっている者は……。「橋上の人」はそうでなかった。「ふりむこうとしない」なのだから、ふりむくだろうか……? 横顔でもせめて明かりのはしに震えないものか……? そんな逡巡ごと伝わる、「見つめられ手」への「見つめ手」の逡巡ごと伝わる寒さの側に自分の気持ちは傾くものだけれど(だから、なんだ?)。


 生のある局面において高いところを狙おうと思うとき、ワイルドカードから見放されていることが問題にならない。問題は、どれが「私の」ワイルドカードなのか判らないことで、それだから追い込まれている、というときがある。

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 ブラッティ*3がうながすように、おとなしく地下でトランプでもしていようか。そんなときでさえ、こすれるカードのざわめきのうちにundyingの4-birdsやdie hardのfull-askを選り抜こうと耳をすましている。憶えた役名は透ける。犬の名前が川についたりする。同じ川に二度浸かることはできない:変奏、同じ犬と二度走ることはできない。ああ、B.S.ジョンソンのことを思っていたところだ。ジェイムズ・ジョイスを、それと出会ったら出会う前の場所にはけして戻れないと見定めたように、誰かは誰かによって取り返しがつかない。望んで。私が私に引きたい:「レール百條翡翠色の夕明り転轍手わが夢を違へよ」*4、取り返しがつかないように。

*1:塚本邦雄「月光滄溟曲」(『星餐図』)、『塚本邦雄全集 第一巻』、ゆまに書房、1998年、p.449。

*2:鮎川信夫「橋上の人」、『鮎川信夫全詩集』、思潮社、1980年、p.68。

*3:もち「おばけと魔法と」( http://mochi3939.blog.fc2.com

*4:塚本邦雄「点燈夫」(『驟雨修辞学』)、前掲書、p.651

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