うすれゆくきみの地平になほ棲みて黄道光を描かむわれか/服部直子「魚影」、『反歌』No.1
You did not release the ball 教えてよそんなにも星を愛せるわけを/佐々木朔「模倣子」、『早稲田短歌42号』
幾千の星の計らひで妹よあなたはわたしのとなりでねむる/笹原玉子「凍河」、『われらみな神話の住人』
きみは夕立きみはひるがほきみは川きみはよしきりきみはくちなは/松平修文「残花」、『原始の響き』
われのうちにスウジーといふをとめゐてスウジーとよべばまばたきをする/石川信雄、『現代短歌史』(加藤克巳)からの孫引き
一年にふたり以上は渡れない橋で僕らはまたすれ違う/岡野大嗣「やたらまぶしい」、『サイレンと犀』
綱離れしずしずと垂直に入水す水上スキーヤー祈りの如く/高安国世「胎児の墓」、『朝から朝』 ※入水(にゅうすい)
果汁1%未満のかがやき秋深くそうあれはわたしではないのです/瀬戸夏子「メイキング」、『率』6号
夢想するもののひとつに天然の水酌み交すのみのパーティ/江畑實「ウォーター・パーティ」、『デッド・フォーカス』
ましろなるペイジにただに盗賊の日記のごとしを書きたし、しかし/伊藤一彦「初期歌稿 未明まで」
3月は3日のひざし川面にも橋のうえにも僕の影あり/大滝和子「椅子の都」『人類のヴァイオリン』
もうなにもわからないまま少女らは三十七分間のくちづけ/服部恵典「十種の愛、九本のY染色体、八人の女、七色のドロップス、六組の異性愛、五つの声、四つの季節、三輪の花、二頭の獣、一つの大災害」、『羽根と根』3号
あけぼのの居間はこの世の外の宙まだ息のある星もいくつか/佐伯裕子「夏の市民に」、『未完の手紙』 ※宙(そら)
夢のなかの入江を去っていく船に投げたテープがいまだ切れない/斉藤倫「短歌習作」、『生命の回廊』Vol.2
たくさんの鉛筆の霊にかこまれて深みどりや臙脂の鉛筆削る/河野裕子「一人の下宿へ」、『家』
セイムタイム セイムチャンネル セイムライフ 悪夢の続きだったとしても/佐藤りえ「光のようなもの」、『フラジャイル』
四季の花を一枚の画面に描くのは盛者必衰を表はすといふ/王紅花「落葉」、『夏の終りの』 ※盛者必衰(じやうしやひつすい)
街はいま四月の雨にけぶりおりガーベラの火を選る繊い指/三枝浩樹「雅歌・または火の記憶」、『銀の驟雨』
雪の日は黒きリボンの捩れたる眉目ともなり帰り来たらずや/佐竹彌生「やまつみ」、『天の螢』
手から始まる一日がある電球は煤けて空へ逃げてゆきたい/滑川真弘「鶏鳴」、『夏のペルソナ』
人を抱くためならずまして殺すためならず歪んだ翼ならずこの手は/松野志保「幻冬」、『モイラの裔』
さみどりの香水壜に幾千の瞳があれば静かに振れり/加藤治郎「雲の翼」、『環状線のモンスター』
朝からカスタネットを鳴らし真剣に風は誰かを探してゐる/菱川善夫「海への階段」、『菱川善夫歌集』
水槽のかすか明るみ魚たちを狂はす花粉光りつつ浮く/綾部光芳「花粉」、『水晶の馬』
海原をやがてさまよう声がある たった一つの島が見たいよ/笠木拓「声よ、飛んでいるか」、『金魚ファー増刊 金魚ファール』
切手マニアの切手一面貼られいて海の神秘はうす明りせり/雲出雪枝「楽しき地獄」、『接近』
眼裂のかたちの魚に貼絵する少年と時の彼方も有縁/大竹蓉子「主星伴星」、『レモンとハイド氏』
誰もたれもその腋下に暗黒を溜めて立ちをり雪となるらん/真鍋美恵子「濁流」、『雲熟れやまず』
アマポーラ そらいろをしたくちびるがそこで戦う岩舘真理子/正岡豊「アマポーラ」、「詩客」2011年6月10日号
この厚き掌のおこなひを見果てぬに砂に十指をのべてねむれる/伴信子「蝶」、『花残月』 ※掌(て)、十指(じつし)
春宵の値とは何掌にのせて韻律のこと思はるるなり/水原菜穂子「会者」、『水脈』
公園に行こうよ、だんだん目が冴えていろんなものが見えてくるから/花山周子「耳」、『風とマルス』
可聴域さむざむとせるゆふつかたせめて優しく時報ひろごれ/鳴海宥「声」、『BARCAROLLE』
朋よ火種は胸深くありやがて僕らの季節が外套を着る日あるとも/照屋眞理子「そらひびく」、『夢の岸』 ※火種(ほだね)
冷えてきたコンクリートが手のひらにこわいようってくっついている/岩尾淳子「アロエの花」、『眠らない島』
我れは地に星は御空に青ざめてうなづき合へる二つの心/中原綾子『真珠貝』 ※御空(みそら)
みられている私の背中に広がってもう思い出せないほどの哀惜/久々湊盈子「菊を焚く」、『熱く神話を』
片方のサンダルだけリボンになってほどけて終る花道をゆく/我妻俊樹「案山子!」、『風通し』その1
未だしも旅のゆらぎの残る朝街のいづくにか拍手おこりぬ/三國玲子「樹のやうに」、『鏡壁』
あはれしづけき命こひ祈むときみもまた乱れたる世に遇ひにし一人/清原令子「知命」、『繭月』
さっきから食卓で光る爪切りが僕に示唆することの全てよ/望月裕二郎「三」、『あそこ』
卓上に画いた鍵盤消せないでお別れの曲弾く日のびゆく/稗田雛子「つまさき」、『メトード』第五号
木の間洩る陽はうつろへどいつまでも追伸つづく最後のたより/上島妙子「われの眼を」、『オキザリス・パープルウェーヴ』
おごそかに応射されくる心音のひたすら僕へと古びるちから/高柳蕗子「白雨」、『潮汐性母斑通信』
蟬の殻その背を裂きて飛びたちし阿鼻叫喚のひかりを思ふ/高野公彦「阿鼻叫喚」、『雨月』
水の上はせめてこの世の外にあれ漕がれゆく夜の湖は暗きに/梶原緋佐子『逢坂越え』
百年後も日曜日ってあるのかな どこかで満足して折り返す/兵庫ユカ「どのくらい遠くを」、『NHK短歌』2012年10月号
水底に木漏れ日とほるしづけさを何の邪念かとめどもあらぬ/明石海人「翳」、『白描』※水底(みなそこ)
まひなたにもろ手下げたる人はみゆ泥の手泥の着かざる片手/葛原妙子「醞醸」、『橙黄』
洗いすぎてちぢんだ青いカーディガン着たままつめたい星になるの/北川草子「ヒナギクの鎖」、『シチュー鍋の天使』