同時刻同色(ないわれもないのに)──林市江『銀漢頌』

 限定というのはそこでしか観れないこと。パチスロでしか流れない小アニメのことをひどく気にして。そういった場所で、特別の(ともかくも、特別の)アニメを観ることは、いい悪いでなく、私ならたのしくなれない気がするというのはなにへの牽制でもなくて。丸眼鏡をかけたピエロ服の男の巨大な人形が店の外の壁にへばりついて、それが私の街のそれ。それが私の街の。入ったことがないから騒々しさを想像をする。ゲームセンターとひきくらべられるものかどうかを、する。
 両替機の前まで自分の肩を押していこう、銀色と銀色が打ちつけられるのはそこだった筈だから。かち合うのはすきだ……。語彙、葛原妙子の。かち合ふ。単語の名作、単語の佳作。ことばの森、という今や悲しいほどのストロングゼロストロングゼロおまえなんか海の底にいてくれればよかったのになという例文を思い出す、思い出したくてそうしているところだ。オースティン、お前はどうだ? I wish you were at bottom of the sea. 「またべつの解釈をとると」「オースティン、お前はどうだ?」「いまや問題になっているのは」

 死にたくなるような恥ずかしさに耐えて初めての歌集を編み了えたのは、やはりこの伝統詩型が好きで仕方ない、というごく素朴な理由にほかなりません。*1

 パチスロに興味がないくせ、あんなとこでしか流れないパチスロ限定アニメの「あんなとこでしか流されなさ」ばかりがひどく気にかかる。どうしてだろうと悩むふりもできない。パチンコ玉の色は銀色にしか定め描けえない。釘が銀だから? 同時刻同色ないわれもないのに。「茂吉と水穂のはざまで」「『潮音』とアララギ系の接点で」と、こぼれる自己規定の言葉をも「あとがき」から引いておく。この本を読み進める途中どこかに清原令子がそばにいて(いて欲しいと私が思うから)、いつかいなくなっていて(道はやはり分かれるほかないから)。

 うつくしき街空ありてもののおとふと熄むことのわれにきこゆる  ※熄(や)


 スピッツとその主なる少年と佇つは終焉のごとき夕ばえ


 みどりごを抱きしひとゆく ひるなれば見えざる炎のかなたとなりて


 昧爽とわが指ひらく こころざしおもむく遠天のかたにぞひらく  ※昧爽(あかつき)


 天はいま誰のたそがれ木木揺れてあはれしろがねのこゑはかがよふ


 野のすゑは鬱金のひかり我はいま電話かくると硬貨を握る  ※鬱金(うこん)


 冬の日のかく晴れしゆゑ眉目秀れ白皙の青年わが辺にをらず


(林市江『銀漢頌』、白玉書房、1978年。一部、旧字体表記を新字体にあらためて引用)

*1:林市江「あとがき」p.192、『銀漢頌』、白玉書房、1978年