姫の火(今唯ケンタロウ)

 「深く尋ねはせん。探索するに値するものなど、ありふれたものか、聞いても余人にはわからぬものかどっちかじゃ」
 「ありふれているが、一度きりのものでしょう。ある人に関係するものです」
(今唯ケンタロウ『初期ファンタジー集II 姫の火 ~Princess Fragments~』p.73、兎黒社、2015年)

 聖杯探究譚+FFTファイナルファンタジータクティクス)なニュアンスを感じた。FFT……っていうのは異界的魔術的妖魔的な怪物や道具立てを前提としての土地同士のつばぜり合いの様子だとか、勝者=歴史から抹消されたある冒険者の足取りを見せたい筆記だとか。天沢童話に通じる真におそろしい瞬間への達し方(「ユトレピアの伝説」)、ときめきへの直接な通路(「ソラミミ×DIAMOND」)といった後の代表作に刻印された作家性に比べると、底がはずれた感触はまだ薄くて(といって、まだ2/3までしか読んでませんが)。そのぶん旅の過酷さを綴るにあたっての神妙さが色濃いのだと思う。基調となるのは王からの命を受け冒険に出る聖騎士ミジンコの時代でありつつ、作品中で「後世の歴史家」の視点が入るとそれは遠く埋没したものになる……という切り替えの遠近が狙われているのだろう。ただ、「ユトレピアの伝説」など、今の今までつきそってきた筈のお話がふいに背中から突き落とされる寄る辺なさに対するとやはり、視点にかかわるここでの手つきは律儀と言える。悪い訳でなく、この作品はそう語られた、ということ。
 ミジンコ、ヨグルト、ヨワリス、マコという聖騎士の名や、眼もくらむほど小さな地名がちりばめられた手書き地図、図書館で手に取られるのが「郷土史」の本であったり、話しているだけでおびえて泣き出して逃げてしまうマグオといった森に住む動物たち……んで、へんてこな会話。かしこに今唯ケンタロウの血があふれている。
 あとがきによると、2004年から2005年にかけてかかれ、メリーゴーランド童話塾で発表されたもの。

姫の火 (初期ファンタジー集2)

姫の火 (初期ファンタジー集2)