アシュタサポテが日記サービスへの軽蔑をあらわにしてみせて以来*1、どうたらこうたら。つーかまあ、「以来」もなにもないもんだけど、それにしてもはてなダイアリーというネットの腫れ物のアジールをそのまま記憶として譲り受けたようなこのはてなブログという延命器でまだどうしようもなくかいていよう、というのも、私には合ってる。気がする。そんな訳あるか。noteは私には高尚(……)すぎる。でもデフォルトで豆粒のようなフォントサイズが用意されているあの「聖別」された場所へも行けそうにないと思う(きらきらした絵、ぎらぎらしたSSをかくひとたちがそこには集まった……)。twitterは無理になった。私のむしろ工場長。私のむしろ小児科。私の密輸、私の植民地。陽だまりのなかのたとえ私の植民地。「死んだらひとは変われる? 死ななくてもひとは変われる」「大丈夫、大丈夫」

*1:「……実を言うと俺はひとつだけ mixiはてなに感謝していることがあって、連中のお蔭で日記サイトというこの場所が昨今では牢獄に見えてきたのである。何しろ連中がいとも簡単に日記を書いて、というか投稿している傍らで、塀一つ隔てて俺は過去ログの管理のためだけにも自前でスクリプトを書かなくちゃいけなくて、可哀想なくらい不便な目を見ている。」(https://web.archive.org/web/20081118134335/http://astazapote.com/archives/200612.html#d08