二日前、モダニズム詩についてかきながら実は高貝弘也の初期詩篇のことが思われていた。それも『中二階』ではなくて、もっと以前……時期的には80年代初めの「跳躍」や「玩具箱の喇叭ッ叭」といった作品。「制度」はこれらの詩に習作という術語をあてがうに違いないにせよ。そしてまた、ここで言葉へ投じられる気持ちの質はもはや「モダニズム」どころか「もだん」でさえあり、同時期の自由詩の達成をかえりみるときアナクロニズムそのものと映ったに違いないこれらの詩を、私はだいすきだ。ひとりきり、たいせつなお祭りをしているひとを見るように見た詩だ。

砂原に瞬時の魔笛を投げ
小灰(シジミ)蝶が蜆(シジミ)貝に変わる
トランプを返したように
蜆貝が跳ねる
高貝弘也「跳躍」p.92、『高貝弘也詩集』、現代詩文庫、2002年、思潮社

今夜は七ツの花降る松明 洗った潮騒・貝の乱舞(ラップ)
砂は靴あとサヨウナラ いっぽう赤蝦が玩具箱開けて
街が燻る燻る喇叭ッ叭
あの子の窓辺に月の宝石喇叭ッ叭
ながあい経ばた子供のかげ踏み喇叭ッ叭
(今夜は七ツの花降る松明)
(砂は靴あとサヨウナラ)
(前掲書、「玩具箱の喇叭ッ叭」p.95、原文のルビの多くを省略した)

 「このひとは、少なくともかつて一度はこういった詩をかいてくれたのだ」という思いが、昔どこかで聞いた写真の存在論もどきに接近するのを感じながら。かきての「実人生」上の年月における懸隔と、詩作から詩作への不可視の年月における懸隔とを重ねることが危ういことも知りながら。それでもこうした情動の質をもつ詩を出発点にしているひとなのだと思い込むことがたしかに、その後の詩を読み向かうときにも肯定的なちからになってくれること、を忘れられない。

まあ
雨が遠国から歩いてきた。
古い墓場の国から
夜の床にゐる私の胸に
かんばしくまつかな花を一つ
置いてはしつていつた。
瀧口修造「雨」p.150、『シュルレアリスム読本 2 シュルレアリスムの展開』、思潮社、1981年)

 瀧口修造もまた、『滝口修造の詩的実験 1927-1937』だけ開いていたのではけしておぼえることのなかっただろう情動を、その初期詩にもっていたことを今では知っている。この「まあ」を、北園克衛の有名な「あ」より私はすきだ。安息か嘆息か知れないこの「まあ」がなければ、抒情詩はインスタントに古典(イケメン)になってしまえたに違いない。この一行目がむしろ最後に悩みながらつけ足されたのではないかと思わせ、後続の詩行すべてとその語ひとつで釣り合うほどの一行は、当初歩いていた筈の雨がいつしか走っていった慌てへの、読み手のほほえみ(くすっ、)にも揺れないでいてくれるようだ。