アパートについて。各部屋の玄関のわきの壁に外灯があって夏は蜘蛛が巣をつくっている。蜘蛛について。怠惰なときは立てかけてある傘をとって、巣をワイパーのように除去してしまうけれど、そのへんに細長い紙くずがあるときは蜘蛛の巣をゆっくり揺らすのがすきだ。木の枝などそうそう落ちていないものだ。蜘蛛の巣を長い間、夜観察していて蛾やコガネムシが引っかかり、蜘蛛がどういう行動をとるかよく見てきた。獲物の痙攣が蜘蛛に伝わると、蜘蛛もふるえる。目視したかぎりでは、蜘蛛は自分の肢を乗せている糸を思いきり引っぱったり押しつけたりしていて、それが状況としては痙攣になる。蜘蛛が痙攣すると巣は網目性(多穴性)をほぼ欠いて、一枚のぽこぽこ曲がる下敷きのような強い平面性をあらわにするのがよく判る。あの痙攣に似通うように、紙くずを指でふるふると揺らす人間のやり方も、うまくいくと蜘蛛を痙攣させることができる。私がゆするのに蜘蛛が応える訳だ、巣の奥で痙攣が起きる訳だ……。紙くずのゆらしかたが臆病すぎると、木の葉が気まぐれにかかったのに無関心なのと同じ扱いを受ける。逆に糸がゆがむほどゆすると巣の奥に逃げていく。ていねいにやらなければ……。やっていることは蜘蛛の居住空間の毀損以外のなんでもないけれど、自分の指を疑似餌にして蜘蛛を見つめているときの気持ちは、思いやる、気遣うことにどこまでも近づく。黄ばんだ外灯のそばで蛾を糸で丸めこんでいく蜘蛛も見たことがある。蛾は黄色の紡錘そっくりになってねじのように巻かれていった。蜘蛛の巣にぶらさがっているものが風にゆれるのにあまりにも似つつ(実際そういう光景は毎日見るのだから)、蜘蛛に巻かれて動く蛾は風に依らなかった。風も動きもない夜で、そこだけちりちり……と確実に巻かれていく。「効果」で言っているのでなく、ほんとうにそこから音が聞こえてきそうだ。蜘蛛が蛾を巻く音を私はほとんど聞いた、と言いたい(言えない)。巻くという動詞はそこで、単に風に対抗するのでなしに、このように現に風がいっさいないときでさえ風に心を許さず抵抗する像として持ち帰られた。