「この街にも今日一日、通行人の誰からも眺められなかった場所がある」ことを私はよく思う。自分の部屋の窓の外を気にしながら。一日の終わりにでさえなく。眺められなかった、という過去形を使うのに躊躇はなく。朝から起きて隣のマンションの庭を箒で掃いているひと、カラスの声、ごみ収集車から降りてきたひとの手がごみ袋をつかむ音などを聞きながら、ある強い執着を込めてそうする。ここで優しさをかなぐり捨てて「選別」させてもらうなら、おそらくよく判るひとにはよく判り、同じような思いをしたことがないひとにはついにぴんと来ないものだと信じる。
 昨日、「語り手なしの語り」にふれておいた。もう明らかなように「眺める者を持たない眺め」という事態は、その視覚的なバージョンとして解される余地はある。要真理子による「モダニズムの地平―ブルームズベリーのエクリチュールー」(『フィルカル』Vol.1 No.2、2016年)では、まずは「すべての語りは潜在的に一人称で行われる」(ジェラール・ジュネット)という強力な主張に対して、話者不在の可能性の面から批判的な議論を重ねたアン・バンフィールドが紹介される。そこでバンフィールドが依拠するヴァージニア・ウルフ……そして後にウルフも含めブルームズベリーグループと呼ばれることになるバートランド・ラッセルやロジャー・フライの理論構築から、小説、言語哲学、絵画を通じて、単一性に回収されないパースペクティヴ(眺め)という概念が渡られていくだろう。
 要真理子は、ウルフとラッセルがともに取り上げる「幻のテーブル」というモチーフに注目する。「私が見ていないときにも眼の前のテーブルはあるのか」という唯物論と観念論間での懐疑が、「私が見ていないときにも実在する筈のテーブルについて」という問いに繰り越されるとき、つまり「~について」化することで、各人が各々持つとされる私的パースペクティヴから脱落してなお残っている「無人からの眺め」という主題は前面にでてくることになるだろう。ここで、それは反事実的条件文の枠組みをとって考えるべきものではないのかと言われるかも知れない。ある場所が今は無人であっても、そこに誰か観察者が訪れれば即座に眺めは立ち上がるだろう。今、現に誰もその場所を眺めてはいないということの意味は、その場所に誰かが来れば即座にそのひとからの眺めとして立ち上がるべく場所が待機し続けているということだ、と(「もし時刻tにおいて人pが場所nにいればn的眺めが獲得できるだろう」)。テーブルがある部屋から離れても、そこに戻ればテーブルの眺めはいつでも確保できる。そうした視野の潜在的な可能性を確保するものとしてとらえれば、「誰も見ていないテーブルという眺め」も議論できるだろう。逆に、眺めが現に立ち上がっていながら、それを眺めるカメラのみを欠く……という事態を真剣に考えようとすると、いずれ「語り手なしの語り」と同じような困難にとりつかれるのかも判らない。


 推論上の規則は忘れて。「この街にも今日一日、通行人の誰からも眺められなかった場所がある」ということで私になには思われていたのだろう。こうしたことを思うときの私の部屋からは離れている、民家の通りがある。その通りは何度も通っているので、記憶に写実的にきざまれてある。では、その記憶写真を一方で脳裏にたぐりよせつつ、他方で時計を現在時刻にセットした上で、全体的な意識をその場所が存在する街の方角へとぼとぼと向けてみる、ということだろうか(それは結局、「無人からの眺め」でもなんでもない、かつての私からの眺めの焼き直しにすぎない、だろうか)。あるいは、今日は誰もそこを通らなかったけれど、いつでも誰かからの眺めを立ち上げるべく待機し続けている場所がある、という顕在化のときめきを思っているのだろうか。
 それぞれにある程度まで言い当てているものをおぼえつつ、なおこだわりたくなるのはやはりこの「眺め」という言葉があるからだろう。「眺めること」と「眺め」とを同一視しえず、かといって別れ別れになることもなおさらできない以上、私の言語論的転回はまだゆるされていない。