「ウォーキング・デッド」シーズン2、1~6話(2011年)

 軍人上がりの、麻薬常習者の、ほれぼれするほど自己陶酔的なメルル・ディクソンも、ひとつ正しいことを言った。崖をよじのぼってはすべり落ちる弟・ダリルの、朦朧とした意識の前に、行方不明の彼は幻想としてあらわれる。あざわらいながら、弟を罵倒する。「ハイヒールでもはいてんのか?」と。当たりだ。ダリルはこの退屈なメロドラマシリーズにあって、ひとり気を吐き、眼の輝きを失おうとしない、意地でもハイヒールを履いたタフネスに違いない。崖から落ち、クロスボウを取り落した彼の脆弱さは、私を不安でいっぱいにした。
 行方不明の少女ソフィアを追って血だらけになるまで捜し続けるダリル。高いところから見下ろして兄がまたいやみを言う。「ロリコンにでもなったのか?」。そちらは残念ながら当たっていない。なぜなら、ダリルのほうこそこのドラマにあっては少女だから。


(「ウォーキング・デッド」シーズン2・4話、(C) 2011 AMC Film Holdings LLC)

 彼は、少女だ。その見た目通りに。少女ダリル……私のダリル。


 シーズン1で早々に退場したメルルは、脚本にとって、いかようにも使いまわせるジョーカーのようなものになっている。凶悪な復讐者として戻ってきてもいい。記憶喪失になってどこかで発見されてもいい。主人公たちと遭遇させることなく、エキストラのウォーカーたちにゆだねてもいい。どんな再登場のしかたをしようが、私は驚かない。驚いてやりたくない。しかし脚本の側にはべつの懸念があるだろう。融通無碍なジョーカー役を退場させた代わりに、彼がそれまで担っていた諸属性のツケを押しつけられる役がいる。それがダリルだ。
 メルルに弟がいること、キャンプ地で彼もまたみなと生活していること。彼に兄の後ろ暗い顛末をいったいどう説明したらいいか。「ダリルは今狩りに出ている」という台詞から、鑑賞者はまだ見ぬダリルに早速「粗暴」「激昂」「高慢」等々のパラメーターを代入し始めた筈だ。そして現れた彼の姿、彼の顔、彼の口ぶり、彼の態度、等々を確認して、やっぱりな、とばかりにキャラクターの初期値を決定しさえした筈だ。ダリルの情動の初期値にはそっくりそのまま兄のメルルのそれを引き継ぎながらドラマを観るよう、と。ダリルがみんなから取り残された兄(誰にも好かれなかった、ということだ)を思い、顔を覆って、叫んでいるのを、誰か、まともに慮った鑑賞者はいただろうか。「厄介なトラブルメイカーが消えたと思ったら、まためんどくさそうなのが出てきたな」程度で済ませていたのではないか。
 危うげなリックの意見になぜか反対しない、とか、きっと睨みつけるだけでみんなと行動を黙ってともにする、とか、それだけのことでダリルがいわば大幅に「丸くなった」ように鑑賞者が感じるとすれば、それは彼の初期値にメルルの情動をそのまま代入したという最初の記憶がかかわっている。そして思うに、それがそもそも間違っている。ダリルの口数がパーティー内でどんどん減り、アクションシーンでは手を抜かずがんばってみせる彼に、ああ、どうやらこのひとも「善人化」させられたのかと私も途中まで思っていた……。
 そうではなかったのだと、今は思っている。ダリルは、苦しみをカメラの前で告白し合う権利を得たほかのキャストから離れて、あるいは誰にも言えない秘密を回想シーンで丁重に扱われる主役筋のひとびとからも離れて、ひとり、誰にも好かれなかった兄への喪の準備をしずかに遂げていたのだと思った。まず遺産分配が行われる(兄の薬を、因縁深いTドッグへ)。そしてキャロルへの慰めで、ダリルは、アメリカの先住民族のチェロキー族が征服され、殺され、追いやられていく歴史をくちにする。この語りを、チェロキー族という被征服者側の無残な記憶の、現代アメリカ人による再征服的な「利用」かとあやしむひともいるかも知れない。しかしそれは脚本の問題だ。ダリルというひとの問題はべつにある。私が思うのは、メルルにはけして立てないであろう側、つまり敗北した側の歴史に立って、ここでダリルはいる。ダリルが慰めのエピソードを迫害された者の歴史からそっと拾ってきていることを思う。兄貴のためじゃない、というような直接的な台詞よりずっと深く、この語りの上での立ち方の差にダリルの造型が出ている筈だ。このときダリルは、行方不明のメルルを心のなかでも捜索することを打ち切っている筈でもある。いやらしいことに、メルルが死にきれない亡霊として弟の前に姿を見せるのは、ダリルがこうしてようやく兄を打ち切ってからのこと、ではあるけれど。


(「ウォーキング・デッド」シーズン2・4話、(C) 2011 AMC Film Holdings LLC)

 犠牲者を弔うシーン。画面右端がダリル。その両腕は、かわいい布の人形と、ウォーカーから引きちぎった鼠色の耳のアクセサリーとを同時に抱き寄せる。


(「ウォーキング・デッド」シーズン2・5話、(C) 2011 AMC Film Holdings LLC)
 最かわの1コマ(毛布引き寄せるの……! もうかわいくってたまらない)。


 ダリルをこんなドラマにはいさせたくない一方、彼がそれを望まないのも判ってます。これ以上このドラマを観なくても私は平気だと思う。観続けるかどうかも知りません。ダリル役のノーマン・リーダスの記事は今更あさるかも知れません。