「女囚701号 さそり」(1972年)

 咲で言えば──と脳内キャスト会議を始めかけてやめた。悪魔のリドルのほうが向いてるかもな、と思う。いずれにせよ見開きカラーで敵チームが練り歩いてくる場面の二番手にいるのは片桐(ここでの横山リエはちょっとパンダに似てる、かわいい)で、彼女を狼狽させ、脚を引っかけ、最終的に没落させるのは進藤(扇ひろこ)というスーパーイケメンではある。しかし進藤は「汚れた街の気高い騎士」ならぬ高潔な転校生であるから、調子づけるアジテーター・片桐のように集団を思うままに誘導するエノンセを軽蔑している。求められるのは一点突破だ。集団の権力関係を転倒させる最良のタイミングが来るまで、進藤は、言葉少なに待つ。誰もが疲れて眠る頃合いでひとり覚めている彼女は、今やはっきりと知られるように、「頬杖」という転校生のフェイバリットをものにしている。

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(「女囚701号 さそり」、(C)東映

 ナミ(梶芽衣子)を単に寡黙な主人公という造型から観てしまうと、むしろナミ以上にしゃべらないユキ(渡辺やよい)の機微がぼんやりしてしまう。ナミが掲げているのは意志的な言葉の節制であり、言うべきことだけを言うためのちからの蓄えのまぶしさであって、一方、ユキのしゃべらなさは声を必須としない交友へのしるべに依る。食堂でいっせいに囚人が食器をガチャガチャ叩き、わめくシーンの美しさは、あらかじめ、その直後に出てくるナミとユキの、互いに頭を壁に打ちつけ合うシーンの静かなうるささを羨んでいる筈だ。


 「両手両足縛られていながらッ……どうして味噌汁かけることができたんだッ!!!」(言ってることはなにも間違ってないけど笑いがとまらない)だの「いずれにせよ奴がいるかぎり、ワシらはヤバい」(急にながいけんみたいなボキャブラリーになるのやめてくれます?)だの、男性連中の台詞は総じて壊滅的で、いちいち噴き出させられる。