プレイしたビデオゲームのなかから

  • Celeste

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 ホテルを抜けたところまで。たのしいんだけど、死にまくることを前提としたレベルデザインやジャンプアクションへばりつきアクションのたのしさをこのゲームの前に確立し用意してきた先行作品群を思うと、「Celeste」の取り上げられ方はちょっとハイプされすぎなんじゃないかなあ……という印象がぬぐえないです。この印象が変わって欲しいと私も自分で思うし、だから最後までプレイしたい。
 この作品は私にとってやっぱり音が半分くらいプレイの質感を担ってるので、そこから言わないとなにも言ったことにならなそう。音担当のLena Raineがコメントで作曲家のDisasterpeaceについてふれてて(http://jp.automaton.am/articles/columnjp/20180622-70574/)、あ!と思ったけど。オブジェクトで言うとクリスタルの感じとかたしかに「Hyper Light Drifter」、どころかいっそ「Fez」にまで通じそうな、ふわふわきらきらで鎮静的、まどろみ、たゆたう音デザインが、死にまくりプラットフォーマーに導入されるとこんな風景になるの。というところで私は感銘を受けます。


  • Minit

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 ずいぶん前にこのゲームの開発途中の動画をチェックしたんですよ「Nuclear Throne」つくったひとたち新作用意してないかなあ、と思って。白黒でゲームボーイっぽい画面でちょこちょこやってる……え?まさかRPG??でもまた変なの仕込んでる???っていう、不安なときめきをおぼえたんですが、こうしてプレイしてあらためてなにか言うのに苦労する作品だなと思った。ゲームにふしぎなところはまったくないけれど、それをプレイしている最中の感触が思ったより言葉にできない。まずNPCの会話をろくに読めなくなりますね、ただでさえ英語というのもあるし(でも日本語化MODができたそう)、60秒制限のせいで。RPGのおいしいところであるNPCの会話が耳に入ってこない、この感じですね。あとすっごいいいBGMを自分が死ぬたびにぶつ切りにしていく、この感じ。フィールドBGMってひとまず理念的には流れっぱなしでも嫌じゃないとプレイヤーに思わせることを期待して制作者はセットしてくもんだと理解してるんですけど、確実にぶつ切りの目に合うことを前提としたBGM……という、そのあたりですね。
 「60秒でやれることを探して、次にそれを最短で解決するのを目指していくゲーム」みたいなレビューはプレイ中の実感にかなりそぐうものです。最初60秒という単位が点的に孤立して感じられるんですけど、すぐにそれが次の60秒と抱き合わせて把握しうる特殊な時間束に変わっていきます。「勇者30」は私、プレイしたことがないけど、話に聞くかぎりではRPGに対するアティテュードの面で似てるとは言われるんだと思う。ただ、「間に合う」「間に合わない」という時間の枠組みを通してこのゲームもなにかを言おうとしてるんだとは思います。これももう少しプレイしないとつかめない気がする。

  • Seek Etyliv

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 考えるのをやめて適当にかちゃかちゃやってるとクリアできてしまうときってある。そういった瞬間は「Celeste」で即死床の上を連続ジャンプしていく箇所でも起こるし、「Into the Breach」で敵ユニットが増えすぎて1ターン後を考慮するのを諦めたときにも起こるもんで、だから狭義のゲームジャンルにかぎる必要もないんですけど、パズルゲームを長考しながらプレイしているときに起こるそれには特有の感じがあるとも思う。一個のパズルゲームを長くずるずるプレイし続けているとこれは必ず訪れる瞬間だろうし、それをパズラーにとっての怠惰な時間と呼べば呼べるかも知れない。けれど私には明らかなことに思えるけれど、ひとはパズルゲームをプレイするときにもその思考の優先権をはるかに手のアクションにゆだねている筈だと思う。もちろんパズルの種類がなんなのかによるのだとしても。頭でゴールまでの解法を毎回整理する一方、手はその思考の単なるかきとりでしかない……なんて時間は思った以上に少ないに違いないです、きっと。手を動かして画面に働きかけることと、画面を見つめて思考することとの区別が一見最もたやすく行えそうなパズルというゲームジャンルでさえ、いやそれゆえに、手と思考がかぎりなく混同されていく独特な時間にあらためてつきあうことになる。「しゃにむなこの手の外の手仕事」(松本邦吉)。
 パズルゲームだからこそローグライクアクションやリズムゲームに劣らない手の快楽が設計に求められていることを、「Seek Etyliv」というゲームははっきり語っているようです。コッ、というあのSE、段階的に居眠りを始める敵キャラクターの愛らしさ、弾みのあるプレイヤーキャラクターの挙動の質感……。要するに、プレイヤーの手に対する褒賞が厚い。どの面も3×3の9マス内でけりがつく極小のレベルデザインでは、しばしば冒頭に挙げたように「なんとなく」「適当に」動かしただけで解法が開ける瞬間があります。しかもそれがここでは必ずしもたのしみを疎外しない、という言い方をしましょうか。「ふいにクリアできてしまった直後、どうしてクリアできたのかの過程が追いついてくる」というパズラーにとって禁じられてある筈の転倒した喜びと、真にむつかしいジレンマの巣食う面の同居。