カール・グロスベルクの絵が見れないかと探していた。……ミュンヘンにある「ミヒャエル・ハーゼンクレーバー」というギャラリー(https://www.hasencleverart.com/sites/contact.html)が配布しているカタログ(企画展用のものだろう)で、グロスベルクのものがダウンロードできたので見たけど、ただまあちょっと「それじゃないやつ」だったけど、ほかにもいろいろな作家のカタログが見れるようなので一番上にあったペシ・ギルシュの写真を見ていた。

・「Pesi Girsch, Thoughtfully embedded」pdf
https://www.hasencleverart.com/PDF/Download_Pesi_Girsch_2018.pdf

 まったく同じひとつの部屋、同じ構図で撮られた作品番号No.4やNo.6~8のありかたなどメインのモデル以上に背景が同一であることになにかかけがえないものを感じるし、一方で冒頭に掲載されてあるスプーンの頭に魚が顔をのぞかせている作品はかっこつけすぎていて鼻白みます、とかいろいろ思うものはあるけれど、No.20~24にひときわ眼を近づかせてしまう。先にかいておくと私はNo.20~24の一連の写真がかわいくって、だいすきで、それは明らかにしておかないといけない。通俗、ポップ、趣味性との癒着をいかに咎められようともう私はすきになっている……。各作品は大きな説明が必要とも思えない。クッキーケースやお皿の上にお菓子のように寝かせられたネズミ?か誰かの赤ちゃんをビーズや紙製らしいシェフ帽子で「盛りつけた」ものが広がる。「Bitter Mix」「Assortment」という題名が露骨に喚起するようなダークユーモア(赤子のつまみ食い)の質も眉をひそめられ、あるいは「そういう趣味はもう十分見たから、お腹いっぱいだから」とすげなく通り過ぎられるものには違いない。
 しかし不甲斐なくも私がまっさきに気にしてしまうのは、この子たち、この写真のなかの子たちが事実死んでいるのか生きているのかということと(疑おうと思えばどこまでも疑える)、続いてコラージュなのか実物なのかということで(信じようと思えばいつまでも信じられる)、作品の制作情報など知りえない私には必然的にこうした割り切れなさを連れて今は不純に愛することしかできない。こうした小動物の盛り合わせに対して「生死が……、世紀が……、また生き物の体を取り扱う人間の手が……、」と大仰にコメントすることがまったく見当外れであるのと同じくらい、「作品だけを見ろ、見えるものだけを見ろ」を生きられる者たちにはたしかに初めからかかわりあいもないだろう「生きてる? 死んでる?」系の不純さをあっさりもみ消していられるほど私も天使になろうと急いではいないと思う。気にしてしまう、というのはおそらくそれだけのボリュームは持つものではないだろうか。