『カレル・タイゲ ポエジーの探求者』(阿部賢一、水声社、2017年)

 《シュルレアリスムの25時》シリーズ第一期を告げるパンフレットは、クロード・カーアンのミラクルなポートレイトによって扉をひらかれてあった。そして今も持続中の第二期ではカレル・タイゲのコラージュ作品が採用されている(「コラージュ No.353」、1948年)。海を背景にしたこのコラージュはまぶしく、すばらしい。

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 西と東に挟まれたチェコスロバキア、レアリ「ス」ムとリアリ「ズ」ムになおさら挟まれたプラハという土地に留まりつつ抵抗的なポエジーの理論家として活躍し、一方で没後にみずみずしいコラージュの「実作者」として新たに発見し直されたというタイゲの軌跡から、私としては菱川善夫というひとをどうしても想起してしまうことになる。本書はタイゲ本人以上にチェコシュルレアリスムのメンバー、ときにトワイヤンやインジフ・シュティルスキーの動向にも多く筆が割かれ、またブックデザイナーや編集者としての顔を持ちつつ建築社会学から美術批評まで多面的に動き続けたというタイゲ自身のなりゆきもあって、急ぎ足な記述、概略的な内容になってしまうようなのはしかたなく、そのあたりはたとえばCiNiiで個別研究論文、「カレル・タイゲの一連の論稿に見る建築思想とその変遷:カレル・タイゲ研究」(岩澤錠児、入江正之)などを併読し、補いたい。
 想像していたよりタイゲ自身のテキストは、少なくとも対象が詩や絵画であるときのそれは、高まりはあってもひとをあまり無暗に驚かせないだろう理論と思考であるように私には伝わる。《シュルレアリスムの25時》シリーズを通して読んできたことも影響してしまっているだろうか。「これ」をどんな情況でかき、保ったのか……ということの大きさのほうが問題と思えるし、実作されたコラージュやタイポグラフィーのみずみずしさのほうがすきだという私の癖もある。そしてシュルレアリスムと同時期、それより早い時期からデヴィエトスィル、ポエティスムといった運動をしかも自負をもって率いていたチェコのひとりの人間が、あるときパリのシュルレアリスムにふと合流してしまえた、という事実にはむしろ爽やかなものを感じる(ブルトンらのシュルレアリスムに取り込まれまいと抗った「大いなる賭け」グループの反応とは対極的に、しかし同じくらいに)。もちろんタイゲはただグループをこちらからあちらへ乗り換えた訳ではないだろうし、理論や作品ではなく自分の所属していたグループそのものが今や「弁証法に」賭けられたのだとも言えただろうにしても(ヴィーチェスラフ・ネズヴァルからの引用が示唆するように)、やはりここでも「移籍」という問題……時間をかけて育んできた「私のグループ」を思い返しながら、ほかのグループへ新たに飛び込もうとする人間の出来事に心は引き寄せられる。