そっとボイス、と私が聞いたもの

 それにしても、Sotto Voce(ソットヴォーチェ)という言葉をひとはどこで知るのだろうか。金色のコルダ? イタリア語の辞書? 私はこのつつしみある言葉を、個人ページのリンク集、その紹介コメントというものから知ったようだった。思い違いをしていなければ、そうの筈だ。おっかなびっくりで水道の水を両手で受け止めて運ぶように、自分の記憶からソットヴォーチェをこぼしこぼし、この日記の前まで持ってきてみる。そこではなんとかかれていただろうか。「大切なことはいつも小声で語られる。Sotto Voce。」、そんな風だったろうか。voceはイタリア語で声を意味するのだという。この綴りはそれとよく似た英語のvoiceをもからめて、結局は「そっとボイス」という多国籍なひとつの想像的な単語となって私にまとわりついてきた。そっとボイス……。こんなふるえがちな言葉を宛てられたひととは、またその個人サイトとはいったいどんなものなのだろう……と深入りして読むこともなく思いをめぐらせて。


 個人サイトのリンク集というしかたが消えても私は心が痛まないし、困らない。それでは、自分の日記ページでいまだにそれを模倣しているのはどういう訳か、と言われるだろう。そしてそれ以上に犯罪的だと自分で思われるのは、リンク先のページへ寄せるべきコメントをまったく省略してしまっているということで、とはいえコメントをひとつひとつかくという「はしたなさ」にはなおさら耐えがたく、犯罪の手を引っ込めることも貫き通すこともできないでいる。それでもあるひとつの意志で、消したくないから残している。
 はしたなさをさっき言ったように、リンク集というものを罰しようと思えばいくらでもできそうだ。私の敬愛するひとがリンク集を撤廃した理由は「助兵衛だから」というものだったし、人間と文書とを選別しそれを人目にさらし残すことの根本的な恥ずかしさだけでなく、インターネットの微妙な話し声を台無しにする押しつけがましさや気取ったもの、もっと言えば「あなたたちはもっといい書き手を知るべき(知らないようだから教えてやる)」という鼻持ちならなさがどうしても入り込むのは確実だとも思う。
 それでもリンク集が「死んでも困らない」ではなく「最初から存在しないほうがよかった」とはとうてい口にできそうにないのは、つまり、ひとはそこで「違うこと」を言おうとしてしばしば苦しんでいたから、だと思いたい。この「違うこと」は比較項を持たない。「なになにとは違うことを言おうとして」というようなことではなく、しいて言えば自分自身とは違うことを、ということ。自分の言葉遣いに本気でさからって、ということ。特定の言葉遣いを強制するものがイデオロギーといつか呼ばれていたものだとして、リンク集というイデオロギーはなにか特定の言葉遣いを強制するのではなく、ただ「いつもとは違うようにかいてみないか」と誘っていたのではないだろうか(ここで私は「それって要はラブレター(……)」という常套句を握りつぶしておく)。ただ違うことを言うための場所をたしかにひとは誰か作家史を通じて、友人と濃いつきあいをして、あるいは同人活動を起こして、それぞれの場所で見つけていくのだろうけれど、私にとってはなによりもまずインターネットの個人サイトのリンク集という場所がそうだったと思いたい。甘く言えば背伸びして、厳しく言えば分不相応に、自分の言葉遣いを変える契機とやらと、どうしようもなくつきあたるはめになったのがリンク集という場所だったのだと私には感じられる。いつでも義務に落ち込みうる危うさを感じながら、ひたすらだいすきな相手のために供物させた言葉がしかし気づくと自分のためになってしまっている……その余儀のなさ。自分の特別な書き手を自分の読者に向けて紹介するために必死で語彙をかき集め、冷や汗をかき、結局はあたりさわりない褒め言葉を残すしかなくとも、逆に気負いすぎて空振りがちになったとしても、それは大した問題じゃない。私が昔ひとからもらったコメントをSotto Voceで呼び返してみる。それは「夜の正しいすごしかた。」とか「スピッツのロビンソンの歌詞に出てくる猫はきっとこんな・・・」とか、そんなかたちだ。たぶんどう反応してもなにか損なったことになる。ただ、いまさらになって素直に思うのは、そういった私を評して宛てられた筈の言葉の質はほかでもなく、そのひとたち自身を予祝しているものであって、そのほかではない。私に向けてかかれただろうものは、かえって、かいたひとの立ち姿をこそ私の眼にはえがいてみせる。悔やむべきものがここにあるとは思えない。