(わたしいがいの)地名は地面へ帰れ?

 地域リポーター的な側面をさぐっている配信者も、今ではかなり増えたのだろうか。私が見ているのは大谷さんや日雇礼子といったひとたちくらいだけれど、この前は物述有栖が「にじさんじのくじじゅうじ」内の企画において谷中銀座ですばらしいロケを収録してくれていた。vtuberによる街中でのロケ企画自体はすでに多くアーカイブを持っているし、こうした探索の方向性もこれから多くなっていくのだと思う。あるいは私がちゃんと、たとえば「おへんろ。」といった作品を視聴していたなら、もう少しべつなこともここで言えたかも知れない。
 個人的な記憶として……福岡出身の畏友から土地・住人にまつわる「バイオレンス」な話をさんざん聞かされたこともあって、なかなか素直に見ることがむつかしいけれど、福岡をリポートしてくれる舞鶴よかとの配信を最近見始めた。

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 (とくにその初期動画では)収録中の部屋のアンビエンスを暗に反映したややローファイなマイクの音質、字幕のつけ方、よかと自身のてらいのなさと照れくささとを同時に封入したようなしゃべり方、そのビジュアルモデルのどうしたって胸をつかれるなつかしい髪の塗り様(この塗りの感触こそ、「色違いのでかリボンを左右につけてる」とか、「片目隠れ」とか、「例の服」といったデザイン選択の感触以上のものを訴えているのに違いない)、など。望むと望まずと視聴者の多くからは生じてもしまうだろう「博多のイメージキャラクター」としての像を少しづつはみだして感じさせてくれるのはやはり、そういった大切な身辺事項でもある。
 鏡の裏にあるのは死者の国(杉原一司)。それにしても、ではパソコンの裏とはどんな国に通じているものだろう? 上の動画でよかとは「銘菓ひよ子」をパソコンの中にいながら食べ、食レポを行うことになる(この「パソコンの中」という措辞は「時間の流れ」同様、不用意なものだ)。配信画面を見てみよう。よかとの顔を映しだしたパソコンが薄暗い室内に置かれてあり、その手前に影の濃い「銘菓ひよ子」を一個だけ乗せた皿が差しだされてある。皿を持った誰かの手は、戸惑うよかとの映るパソコンの裏側へ左からすっと入っていく。すると、その手がパソコンでこちらからは隠れた分だけ、よかとの側、「パソコンの中」にひよ子が差し入れ可能になっているように見える。技術的な部分にはふれない。とにかく映像は、パソコン外からパソコン内にひよ子を差し入れしようとすると、その手はどうしても「パソコンの裏」という物憂い土地を必要とし、そこに甘くからめとられていくように見せる。この差し入れにはさすがによかと本人も、「どうやってぇ!? いまどうやって入ってきたの……ねえ、これ!?」と驚いている。だけれども、こうして差し入れが可能になることの限界を示す地区、「パソコンの裏」なる土地を──ましてやその地名の言葉をまだ誰も知らないままだ。