にらめっこじゃ相手にならないメモをかさねて毎日です。メモであれば「なのだ」も使える、「である」だって使える。だけどこうしてこんな散文に飛びこんでかこうというときは、せめて、なのだ・である体に抗したい。抗したいって言葉の意味はつまり、負け気味だということ。回避の姿勢がどんどんきつくなってくるのを私の文を通してみんな見る。文末になければ、括弧でくくれば、それで済むだろうか。「なのだけど」「なのだという」「であるのだとして」、とうとう。それってほんとによけられてるのかしら……? 意固地さ(この「さ」って、どっちかな)。藤井貞和は推量の「だろう」を断定の「である」として聞かせるための文体を開発するのに相当に苦労した、って、たしかそんな趣旨のエピソード。あれはいつだったろう。私のいわば豆電球ラジオで聴いたこと。「だろうのである」と呼ばれていたと思う、それ。「である」まで持っていかれた「だろう」の韻き。


 整形! もしかしたら逆におぼえてたと思わないか? けれど、その場合「間違った記憶を、正しく」おぼえていた自分の錯覚にありがとうをあげる。整形! 整形! 整形! だろうのである、は「である」まで行かされた「だろう」と飲み込みたい。


 決められず締切日になってしまったので投票したけれどのとく番の推しvtuber投票(http://www.bs4.jp/nobangumi/)悩んだ悩んだ……。まあ番組放送日が来ても私は観れねー!!!というの、どこか気楽に考えることをゆるしてはくれる。
 選ぶならね。だって単に選ぶなら、巣籠ツルちゃま(おそらく自分の愛するエロ・欲望を現状において最も隠さない配信者のひとり)もいるし、仄暗チカゲちゃん(つちかってきたフェティッシュへの佇み方その率直さは際立つ)もいるし、と……だ、けれども。ゆめ心中、宇宙探査用ヒューマノイド・メエといった突破的なパーソナリティーだっているし、と……。でもこれ本人に番組出演の打診の「話」がいくんですよぅ、と考えるとどうしても不純なちからが入っちゃう。ハニスト、あにまーれ、ホロライブ、22/7、にじさんじとグループも増えていくなか、私はどうやらシロ組アイドル部担当で、そこからのむつかしさもある。どうせあの子とかあの子とかは上位にいる筈だから、みたいな不純もある。一方でアイちゃんとお話する絵が観たい、ていうcrowd視線が青道アカトさんを意識に上げてきたり。でもうん、たのしかったな。こういう投票をどこか遠ざけてきたけど、たのしいものもあるんだな、そう思い投票しました。昨日は夜の八時ごろなんかにカラスの鳴き声なんてものが聞ける得。トイレの窓の向こうで昨日、カラスが鳴いていたのを聞いて、ということです。