「ヤマノススメ サードシーズン」1~4話

 アニメ作品でばくぜんとこんなことが起こってほしいなあ……と思っていた出来事にいきなり迫られて泣いちゃう。思いなおすと、必ずしも私はそういうのを期待してきたのではなかった。ただ、観たあとで、ううん、こういうことがほんとうにアニメ作品で起こってほしかったんだ、と事後的に誕生した期待というのがある。4話でそういう期待が芽ぐんだと思う。「学校帰りのカラオケボックス」という古典中の古典のたまり場のすみっこで、流行りの配信曲のなかからあおいが、まさにこの「ヤマノススメ」の2期主題歌"夏色プレゼント"を見つけ、歌いおこすシーンはしかし古典ではありえない。クラスメイトのひとりはこの曲知ってる、いっしょに歌っていい?とさえ言うだろう。歌詞とともにチープな出来合いのビデオが画面には流れる。よくあるやつだ。歌うとき手持無沙汰だから、という当座の理由づけはけれどここでは色を失い、全員の視線はそこにきらきらと集まりはじめる。
 映像作品における主題歌や劇伴のふしぎさに思いをたずねるのもいい。映像の前の観者のみならず、劇中人物の耳と声をもさがすよう、また、さらうよう、けれどどこまでもあいまいに襲う劇伴(http://kyollect.hatenablog.com/entry/2018/05/27/210410)という観点から観返すことも無駄ではないだろう……にせよ、「ヤマノススメ」というアニメ作品のなかで(なかで? おいて? 対して? あるいはいっそ、アニメ作品「で」?)、あおい本人(ステイタスの問題などここでは措こう)が歌ったオープニングソングが、あおい本人の前にカラオケボックスで現れること、その直接的なときめきの前にはいつまでもたたずんでみたい誘いがある。主題歌を主人公が作品内で歌うことにはなんの奇抜なアイデアもない、とはどうしても言えなくなりそうだ。それはやはり、この4話という土地があおいというひとにとっての忘れられない「一回目」の歌いだろうからだ。


(「ヤマノススメ サードシーズン」第4話「クラスメイトと遊ぼう!」、(c) しろ/アース・スター エンタ―テイメント/『ヤマノススメ サードシーズン』製作委員会、2018年)

 離れて言えば、クラスメイトの眼に映ってきた筈の雪村あおいというひとの印象にいざなわれる。休み時間にはいつも編み物を机の上でしている子。自分に比べてすごく上手。わたしたちと仲よく遊んでるひなたとも彼女は仲がいいらしい。へえ……? そしていざ本人に口を開いてもらえば、なんと山登りをよくしているのだという。そんな子。きっとみんな、あの子に気を引かれていて……。


 気を抜くと「2話 登山靴ってすごいの?」でどんどん滅入っていく心につかまってしまう。だから、風景をプレゼントしたい、というむつかしい祈りから始まったサードシーズンの第1話に戻ってみよう。あおいはひなたにある山からの眺めを見せようと思い立つ。以前してもらったことのお返しに。こうした気持ちにむつかしいところはひとつもない。私もむつかしくなりたくない。なんだかふしぎに思うことはある。とくに、まだ自分でさえ見たことがない山の頂上からの夜景をたいせつな友達に見せたい、というときには。なにかをあらかじめ所有しておいてそれを渡す、という即物的な贈りではこれはないし、そもそも贈り手のあおいがひなたと最後までその山を同伴しなければプレゼントとは呼びづらくなるに違いない。
 あおいもひなたも互いを見つめ合える至近にいる。贈り手と贈られる側とがこんな近さでいるときだけ、所有されえざる夜景は、プレゼントに「なる」ことをゆるすために少しだけ視線というしかたを学ぶ。贈るという出来事からの残照を、こうしてふたりはむしろ浴びていると思うけれども、それは結局「見せてあげる」と「見せてもらった」の非対称な区別をあやふやに忘れさせてくれそうだ。あおいとひなたは、ふたりがそこに来る前から存在していた夜景がいつプレゼントに「なった」のか盲目だろう。そんなことより、「ずっと見ててもぜんぜん飽きない・・。しばらく動きたくない・・・」が、ほんとうだ。
 山の上とはまず静かな場所のことなのだろうと想像してみる。隣にいるひなたの声、いつも以上に徹って聞こえるだろうか。それはあおいにたずねてみないとね。でも、お友達の声がなんだか背の伸びる風にいつもと違って聞こえたりするあおいを追って想像する。山の上での、そんなふたりきりのおしゃべりを、次のような言葉にむすんでおきたい気持ちが少し私にもある。「『静かな場所』とは、うるさくないとか、騒音が聞こえないといったネガティヴな特性によって定義される場所のことではない。そうではなく、逆に、むしろ音がはっきりと聞こえる場所、わたしたちが一緒に耳を澄ますことのできるポジティヴなトポスのことなのだ」(松浦寿輝「聴く、縫う、仰ぐ」)。自分だってこの夜景を初めて見たくせに、あとから振り返って、そういえばひなたを連れてってあの山の夜景見せてあげたなぁ、とあおいはくすぐったく微笑んで思いだす筈で、それが私の「静かならざる場所」──つまりせわしないこの頭のうちで今、くすっと弾けて漂っているところだ。