「ケムリクサ」1~2話(続き)

 Twitterで監督がアップしていた「ケムリクサ」の前日譚集らしい作品を観た。こういったものを観ることが、いったいよかったのか判らない。自主制作版のほうは少なくともまだ観ようとは思わない。関係のあるものならなんでもコンプリートしたくなるという気分はよく判りつつ、どこかに観る上で不全性をもうけておきたい気分のほうが勝った。
 キャラクターの立ち絵をコンビニで見かけたとき、色合いとその配置とからふつうにキャンドルを想起した。1話、「私もがんばって開けたから、あとで姉さんに褒めてもらう」が情動を動かされた最初の機会だったかなと思う。それから、りな役の鷲見友美ジェナのくすぐったさ。うれしさ。厚かましいほど当世のメジャー言語になった「尊い」を声の力能でさっと聞かせてくれる「尊いにゃあ……」から懐かしい「めっさ」まで、作品内に調達された話し言葉の幅をたしかめていくうちに、言葉は歌いに届いていく。「「「みどりちゃんの葉♪ みどりちゃんの葉♪」」」(1話)、遠く『閑吟集』の歌謡とも響きあう律。声を合わせることのどこか少し舞台的な機微に、その仮縫いのような時間の遊びに。「傾福さん」(2017年)でもあらためて感じられた美点がこうしたところにも通っているようだ。「「せんろ♪ せんろ♪」」(2話)。りなたちのなか、眼を閉じてるりな、かわいい。


(「ケムリクサ」第1話、(C)ヤオヨロズケムリクサプロジェクト、2019年)

 画面中央の奥、さかさまに車内を覗きこみながら「大型やっつけたなら よろこんでたにちがいないな!」と励ますりなの声は、画面のより手前側のふたりと変わらない音量と奥行きで私には聞こえる。窓には透明なガラスが張られてあると仮定して、ガラス越しから投げかけられている筈の声さえすぐ近くに聞こえるこの効果を魔術的と呼ぶのは、大げさに響くに違いない。こうした向日性の「詐術」は気に留めるまでもなくアニメ作品でも毎日起こっている筈のものだし、たしかに、大きな思いをそこにかきいれるだけの余白をもちえないものかも知れない。2話、りんの顔を三人称視点から映し、しかし音声は彼女の口元の息遣いを大きく録音するあのシーンと合わせて、それでも私としてはこうした部分にも足をとめてしまう。