★「カメラを止めるな!」(2017年)。嫌いな映画だった。だから、思ったより傷ついている。★シネ??フィル?っぽいひとびとの言う「もつ/もたない」という言葉遣いを聞くと胸にさっと影がさす。これだけじゃ画面がもたない、シーンがもたない。とか。そうした語法抜きではやってけない局面があるのも判る。もつ/もたないでしか言いあらわしえないんだろう領域があるのも。でも作品に対する間合いの詰め方の妙な馴れ馴れしさをそういうひとたちから感じて?苦手になるときがある。「楽しむ」「楽しめる」「楽しませてもらう」「ああ、楽しませてもらったよ」という語法にうっすら漂うものにそれは似ている。短歌の歌評で「この歌の手柄は・・」というときの「手柄」にうっすら漂うものにそれは似ている。私はいつかここにある自分の言葉から平手打ちを食うだろうと思う(「じぶんはこういうものがきらいだって常々いってるものをいざ書くとなると平気で書いてるひとほんとにおおいよね」! そこまではすぐのことだ)。言葉遣い。★めちゃくちゃかわいい声の男のひとが職場に稀に入ってくる。私は耳を拡大する。言ってることはしょうもないほんとうにかわいい男のひとの声。英語圏スラングは ear candy といういいフレーズをこんな場合のため蓄えている。★「ケムリクサ」。親しい子、でも今ここにはいない子のことを話題にあげてみんなで談笑するシーンがよくでてくる。それがね……。あの子はいつもああだった、とか、あいつはさ、とか。わかばくんという姉妹の関係性をなにも知らないひとがいるからこそ、そうした相手との対面に依らないおしゃべりも生気を宿している。今ここにいないひとを話題にあげること、無知なひとりを前に馴染みの仲間の話題に花を咲かせること、それは「いつでも最悪になりえるが、」この作品ではわかばくんの心をくすぐらせてもくれていて、私のねじは夏の借金取りに算数を教えたくなっちゃうくらいゆるみます。