★「上野さんは不器用」(2019年)。つむられた眼~通例では細目と言われるだろう表現の中間地点のように眼の描像が入ると、そこに人形劇的な機微が混ざってくる。目蓋、字義通りの「まなぶた」──この絵柄の作家が、この眼の「袋」をよしとして自分の手の先に取り入れた、という事実が私には大切だ。この絵柄を採用することから始めながら、このまなぶたをもよしとするという発想は、私からはけしてでてきそうにないからだ。審美的な問題として、だ。このまなぶたをよしとする作家なんだな、ということが直接的に tugeneko という作家の視線の局所的かつ全面的な射程としてこちらに映じられてくるということだ。大きく言いすぎているだろうか。しかし雑誌で連載を追っていた時期からそうしたことはずっと思っていて、色塗りが全面的にほどこされるとますますそう思われる。アニメの描像についてより細かく言うなら、その奥に眼球を隠した肌色の眼の袋、の上へ、さらに閉じた眼を絵的に物語る一本の横線がつけくわえられてある。これを意味論的に冗語だとは感じないけれど、あらためて見せられるとやはり不意打ちではある。やや不用意に人形劇的とかいてしまったけれど、ロボット的でもあるし、あるいはしかじかのなつかしい絵的慣習とも結ぶ描像でもあるに違いない。上野さんのまなぶたは、私をちょっとだけ落ち着かなくさせる。一般的にそれはどきっという音で表される筈だ。★ただし、おはなしの上では上野さんがかわいそうすぎて見てられないシーンが少なくない。「日常」あらゐけいいち)に対して「東雲なのがかわいそうすぎて読んでられない」と七里(id:nanari)はかつて言葉を残していった。ただ「日常」に対してその非難は私はあたらないのではないか、と考えた。「上野さんは不器用」に対しては「かわいそうすぎて」の思いに屈しそうになる。科学道具のアイデアは毎回とてもいい。キャストとして影山灯がここにいてくれるのも私にうれしい。★まなぶた。最近少し遠ざかってしまったけれど、電脳少女シロの表情モデルがひょこひょこ細かく追加されていくのを見つけるのが一時期よろこびだった(下に引用。画像1、2)。まなぶたのありかをはっきりとシロに視認したのはキズナアイとのコラボ動画時ではなかったろうか。まなぶたというふくらみ……いや、まなぶたというふくらみをよしとする思い……にはたしかに、なにかあるようだ。それは私にはまだうまくふれられないものだけれど。


(Siro Channel「【ついに】秋葉原に「大天使(キズナアイちゃん)が舞い降りた!【コラボ】」、2018/10/30)


(Siro Channel「大変です!大変です!100円で遊べる面白いゲームを見つけました!【Running Man 3D】」、2018/11/17)