「ガールズ ラジオ デイズ」

 高速道路のサービスエリアってとっておき感あります。私、サービスエリアすきです。道の駅もいいけど、ガソリンスタンドもいいけれど、高速のSAのわくわくはとくべつです。それにあの駐車場の広さ。街中のレンタルビデオと本屋がいっしょになった施設だって同じようなもんだけど、高速のSAは車でしか行けなくて、それがスペシャルなんだと思える。だから今私には行かれないのね・・・と回想こめて思うほかないことも含めて。神楽すずさんなんかは夜更かしを禁じられていた子供のころ、唯一、高速のSAでは深夜起きることが両親からもゆるされてて、それで高速のSAがすきだった、みたいなおはなししてたと思います。着いたよ、って親から起こされる車移動の・・ばた、とドアを開ける前から窓の向こうに見える硬質に刺すようなお店の光と周りの車たちの・・・いろいろな記憶。
 「ガールズ ラジオ デイズ」というプロジェクトを最近知りました。この作品では、高速のサービスエリアがラジオ局とされています。女の子たちがチームを組んでそこから思い思いのラジオを配信していくのです。NEOPASA岡崎、EXPASA富士川、双葉SA、徳光PAEXPASA御在所・・という実在の5つのサービスエリアが、それぞれのチームのラジオ局として作品に紐づけられている訳です。先に言うと、私はフィクション作品の舞台として実在の土地が紐づけられること自体になにかを感じたことはありません。それを残念と思ったこともないんだけど、けど、ガルラジの、実在する高速のSAと虚構的なラジオ局という紐づけかたにはぴんときたんですね・・。なんだろう、上にかいたようにどっかの駅とかデパートとかより、もうちょっとだけ具体的個別的にひそやかな思い入れにうったえかけてくる、しかも公共的な場所だからなのかな。


思いだしたもの:
ろこどる ウェザーロイドのポン子さん ステラのまほう(これはまあ長縄まりあゆえ・・) そういえばラジオガール・ウィズ・ジャミングって電撃の小説も、あったよね。完全に題だけで言ってるけど。


 まず、むつかしいところに臨んでるというのはいいと思いました。言われてるように、バーチャルYouTuberの配信とも声優ラジオとも違いますし、それで、チューニングがまだ私も合わせらんない。可能性も悩ましさも同じくらい。


 私もアプリ落として入れてますけどYouTubeでもだいたい全配信聴けます。おまけとかたぶん除いて。でも、聴いてて、これは、自分が外にでて自分のお部屋でない場所で聴くことを求められるなあって思ったよ。なんかねえ、「高速のSAから夕方配信されてる」っていうことをうまく受けとめられないと思うんだ、お部屋のパソコンの前だと・・。風を浴びながら聴くのを求められる。


 チーム徳光。まあね。だって「チーム」の紹介文でこんなことかかれたら最初は海瑠さん追おうと思うのは当然だと思うのだけど、

garuradi.jp

 ラジオの内容の悩ましさも人一倍で。私、海瑠さんのラジオに対してはシナリオの水準で不賛成なところがどうしても。というか、スコア/即興、シナリオ/アドリブという二分法で見るべきではないとは思うんだけど、それに台本がすきでないけど海瑠さんはすきなの、と言おうとしてもそんなの切り離せないところばかりです。結局、海瑠さん自身に私どこかで不賛成を言わなくちゃいけなくもなる。
 大人のたしかにだめだめな入れ知恵で押しつけられた即席キャラを拒否して海瑠さんがほんとうの一人称で話しはじめる、という「展開」はこれはあらかじめガルラジのシナリオ上、繰りこまれているということはもう否めないし、それになにか言おうとは思わないんですが、押しつけたひととそれを演じる海瑠さんの間でつかのまひとりの存在として立ち上がりかけていたミルミルさんはぜんぜん悪くないから、それが邪険に扱っていいことにされていくのちょっと悲しいと思います。プリンセスのミルミルはその後、リスナーの「今となっては」「笑うべき」黒歴史を集積するための「墓標」にまでされていく訳でそれもあんまりだと思ってしまうんです。とにかく、黒歴史という用語ひとつからなにかしらの感興を引きだせた季節がもう十分に終わっていると思うので、それを目玉コーナーにして「みんなでしゃべってすっきりする」という志向についても、

中学生のときこういうのやってて痛かったよね、みたいに言われるものを私は小学生のとき、それはもうパソコンにかじりつく勢いで見ていて大好きで憧れていた、というのが初めにあって、その気持ちのままここまで来ているので、あんまり言ってくれるなよとは思う…

 なんて、とあるひとの言葉を大事に保存してる私にはさびしい。ひとが言いがちな黒歴史に値する体験はもっとフラットになんてことなく話せていい筈なんですが。私子供のころこんなことやってたんだよね、ああそうなんだ、私はねえ・・とかって(その点でチーム岡崎の、桜泉さんと萬歳さんのやりとりはよかったと思います)。海瑠さんの気持ちも変わっていくのかも知れませんし、やっとラジオで自分の声で話しはじめられたという喜びがブーストをかけていることも多々、あるかと思います。
 だから、長縄まりあさんがミルミルも海瑠さんも同じだけ抱きしめてくれているのに助けられる思いがします。ミルミルを邪険にするかと思えばファンサービスで都合よく引っ張り戻しちゃう海瑠さんを軽んじないと同じだけ、長縄さんはミルミルというひともまた軽んじてないのです。それでなんとか私の気持ちも保たれる。ガルラジはやっぱり、「本編」のラジオが終わったとたん、今度は声優による「楽屋裏」のラジオが始まる瞬間に大きく惹かれる。この本編と楽屋裏の時間差がほぼない、おまけでべつべつに配信されるんじゃなくて、ひとつの配信時間のなかで共有されてるというのがすごくいいと思うんですね。ラジオが終わるとラジオが始まるのです。そんな聴き方は「構成」におもねりすぎているかも知れないけれど、正直な気持ちではそう。ほかのチームと違って長縄さんはひとり配信ということもあってか、自分のつきあっているキャラクターとどうすれ違い、どう受けとめ、なにを抱きしめたのか、そういうことが濃く伝えられるのかなあ・・って思ったよ。
 チーム徳光での海瑠さん紹介文では「反抗期?そんな言葉でひとくくりにされたくない。」という一節がありながら、海瑠さんをクリックするとでてくるキャラクター紹介文には「今の自分の置かれている立場に漠然と嫌悪や怒りを持つ思春期にありがちな女子。」とあります。反抗期に異議を訴えれば、返す刀で今度は思春期という言葉でひとくくりにされるのです。しかも、ありがちな、とはご丁寧なことです。要するに公式サイトから紹介文の段階で侮辱を受けている訳です。海瑠さんというひとは、そのきっと抗いの質ごと。抗い方も和解のしかたも未来においてはひとつではありえないとは思ってみるものの、いろいろ考えてはしまうし、これからどうなっていくのかなあって追っています。


・ガルラジにおける視点、時間、超越性について(https://livedoor.hatenadiary.com/entry/2019/02/21/233122
・ガルラジにおける二人称視点の再考と、異世界通信作品としての『拡張少女系トライナリー』の完成度の高さについて(https://livedoor.hatenadiary.com/entry/2019/02/24/222948

 あと最後にかいておくと私はこのエントリーでガルラジを知って聴きはじめました。ご本人はネーミングセンスがダサいと自嘲しておられるけれど「虚構連絡的」という分析用語もなかなか堂に入ってると思う(えらそう・・)。