巻き添えを避けたい ( ↑ ↓_ )方式いちばんの懸念がそれ 私だったら、冷ややかなSentinelがほしいと思います。そこにたまたま通りがかった他人の頭が ありませんように!・・・ どこに行っても地面を誰かは歩いてるし蔭から飛びだしてくるかも知れない 夜だろうと深夜だろうと どれほどのひとが最後まで願っていっただろう  でも、頼もしいSentinelなんてそうそういない 今地表には誰もいないと合図をくれるひとはえがたい 最後まで無関係の他人の頭を割らないかどうかさえ不確定な賭けであることを免れないのかと思うと「気が気でない」し・・・結局最後までこんなことにまで賭けの領分がつきまとうなんて、あんまりだと思う一方、そういうことなんだ、と受け入れそうにもなる こんな文、うんと後悔したい。こんな文をいつか読み返してうんと後悔できたらそれでもいい
「動脈」や「回帰線」という単語に心を開いたときの気持ちを手放さないで 嫌気性とか仄かとか。胚とか。言葉より先に、単語であるもの。善い言葉なんかではなく、善い単語と感じられるもの。徹頭徹尾、単語という単位を輝かせてあるもの。言葉が死滅しても単語は残る。「地球はなくなっても 秘密通路は残るのね・・・。」(わらわぅ、「タオルケットをもう一度6」) 動脈や回帰線を言葉というあつかいにしてきたのは、誰? それらは単語という新しくて、新しかった種族として、心を開いた誰かの手にわしづかみにされるのを待っている。