風が風を……

現代詩をひとはどこから読みはじめるのだろう。
私には、ふたつのルートがあったと思う。ひとつはウラ・アオゾラブンコやひそやかに綴られた読書サイト、「いん・あうと」「鐘楼」で小笠原鳥類がかいていたあんなにすばらしい詩の話を頼りにして・・・つまり眠りたくない夜のインターネットを通して。
もうひとつは「幻想文学」や「実験(・・・)文学」からのルート。ふしぎな小説の、違った言葉のあり方を気にしていくと、そこで皆川博子『絵小説』が吉岡実や多田智満子を教えてくれたし、『光車よ、まわれ!』の天沢退二郎から山本陽子の紙に彫られた「模様」のような詩篇まではわずかだった。アルフレッド・ベスター円城塔についての噂話は、入沢康夫『わが出雲・わが鎮魂』や山田亮太『ジャイアントフィールド』への感想に通じていた。ウリポとVOU、魔術的リアリズムと「荒地」とを交互に覗き見していくときめきのうちで、イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』と高橋睦郎『動詞』ではいったいどちらを先に読んだものか知れない。


そうだ、多田智満子を私は皆川博子を通して読みだしたようだった。そう・・・! ところで今の時代に多田智満子がことさらすきな現代詩人がどれだけいるのか、私にはちょっと判らない。いてほしいとかではないのだけど。こんなことをふっと考えてしまうことが、問題だろうか。
私の根拠ない感覚で思うだけだけど、多田智満子詩は、私に見えるかぎりでの今の日本の抒情詩のある種のモード・・と衝突しそうなところは多いのかも知れない。乱暴に今、そう思ってしまう。その「知恵に基づいた晴明な箴言性」は「詩は『気づき』や『発見』をかきつける場ではない」という自由詩主体のモラルと衝突するだろうし、「ギリシャ神話や伝承の豊富な文学的資源の海からおもむろに顔を上げて書かれ出したような物語の濃密な気配」はそもそも読者と共有可能な引用の元手などあてにしないというところから詩は言葉を絞りださなくては・・という投企的詩人主体の立場からは軽蔑されるのかも知れない。いずれ想像の話ではあるにしても。
「比喩を使うことの、苦悩であるよりは愉しみ、よろこび」・・・を指し示してきた多田智満子詩が仰々しくなく、いたって爽やかに読まれうる場所を見つけるのが、むつかしくなってきてはいる今日なのかも知れない。

http://shiika.sakura.ne.jp/beloved_poet/2012-12-07-12333.html

だから、以前、佐藤弓生が「私の好きな詩人」で挙げていたのは少し驚いた、うれしかった。佐藤弓生は私にはまずは歌人であるけれど・・・そして同じく歌人の、吉田隼人もまた、多田智満子歌集について丁寧に「率」のペーパーで日記的な評論をかいてくれていたと思う。
定本による全集など手に取るはるか前、現代詩文庫で多田智満子詩集を読んだ際、「引っかけられた」ことを少しくすっとして思いだす。詩集に収められている最後の詩作品「陰翳」ほかの部に、「遺作」という大文字が前書きのように載っていたから、私はこれが詩人の遺作なんだと思って・・・。ここでこのひとがなくなったんだと思った、素直に・・・・とても素直にそう思っていたこと。

いま明るい町の 明るい人
夜を奪われたきみは
どの沼にきて 水を汲む
掌にどんな月の幻をすくう?
(それをのんで
いささか心に翳がさすなら)
(多田智満子「陰翳」『贋の年代記』p.255、『定本 多田智満子詩集』、砂子屋書房、1994年)