「VAMPIRE=SUN」(仮の誌名)

「まだいるな、『魂』とかほざく奴がさ」(岩尾忍「0cal soul」)。

どんな正当性も主張することなく、私にとっての前衛短歌とは「魂」を「ほざいたやつ」からの通信です。「たましひ」という語彙を自分の歌にじかに入れることを恐れなかった者のことで、「たましひ」という単語にほかのどんな場所にも見られないくらい異様な負荷をかけて歌に導入してみせた一握りの者の営為のことです。単語の有無で歌を測るなど言語道断と言われればまったくその通りだと思うし、こんな定義がかりそめにも通るとは思わない……だからこの瞬間だけ自分にこう言うことをゆるそう。

いづくより生れ降る雪運河ゆきわれらに薄きたましひの鞘/山中智恵子『紡錘』

昼顔は砂のたましひ 楚歌あびて閉ぢし瞼の闇につづける/大竹蓉子『木犀領』

昼夜を分かずくらき水車はめぐりつつ たましひを舂くことをやめず斎藤史『ひたくれなゐ』 ※舂(うすづ)

氷上の錐揉少女霧ひつつ縫合のあと見ゆるたましひ塚本邦雄『星餐図』 ※錐揉少女(きりもみをとめ)、霧(きら)

青き振子さみだれの夜をゆきかへりうつせみいでしたまはもどらぬ/佐竹弥生『なるはた』

すべての入念で適切な前衛短歌に関する定義や言及や言説をいったん乱暴に忘れて、「魂をほざき」、「たましひとほざいた者」が、少なくとも今ここにいる私にとっては前衛短歌で前衛歌人です。魂、なんて、たかだか単語ひとつによって、歌のボルテージが栄光にも悲惨にも導かれる磁場に身を置くことにたとえ一瞬にせよ同意した者のことを、そう信じて。